凡俗と稀代の音楽家をめぐる言葉の洪水『ジャン・クリストフ』
本作『ジャン・クリストフ』は、ノーベル文学賞も受賞したロマン・ローランの代表作。主人公のクリストフは、べートーヴェンがモデルになっているらしい。作者には、『ベートーヴェンの生涯』という伝記作品もあり、そちらの方は当然のことながら、才能と栄光とに包まれてい ...
翻訳語は日本語になったか『翻訳語成立事情』
250年の鎖国が解かれようとしていた時、日本は世界つまり西欧に大きく遅れをとっていた。遅れを取り戻すに当たって、なりふり構わず西欧の事物を吸収しようとした。そのこと自体は、ずっと中国の影響下にあった日本にとって初めてのことではなかったが、困ったことがあっ ...
嵐の中を放浪するのは天才か落伍者か『放浪記』
本作『放浪記』は、冒頭にある「私は宿命的に放浪者である」の言葉が印象的な林芙美子の代表作。出版社の説明によれば、「貧困にあえぎながらも、向上心を失わず強く生きる一人の女性」の自伝風の作品、というようなきれいな話になるのだが、実際のところは作者も作品も掃き ...
極限状況での絶望と希望『白の闇』
冒頭、ある男の目が見えなくなったというところから、会話の引用符もなしに延々と続く本作『白の闇』の物語は、捉えどころがない。社会に生きる人々が次々に、やがては一人を除いて全員が失明するという特異な極限状況の下で、人間はどのように生きようとするのか、答えのな ...
いまだ解読されない奇書の横綱『ヴォイニッチ写本の謎』
奇書や珍本の類ということで言えば、この本を外してはいけないだろう。「この本」とは、本書で扱われている「ヴォイニッチ写本」のことである。「写本」は、書かれた内容はおろか、時代も、目的も不明な全246頁の総天然色絵入り本である。本書『ヴォイニッチ写本の謎』は ...
認知のアーティファクトの未来予測『人を賢くする道具』
未来予測というものは、大抵は外れる。それも、何か別の対象を予測していたのかというくらいに外れる。しかし、それは未来は想像もつかないくらいに開けていることを示していると考えれば、まんざら悪いばかりでもないかも知れない。本書『人を賢くする道具』は、未来予測の ...
超俗人の俗世界での闘い『ピープス氏の秘められた日記』
このブログには本のジャンルに対応したタグが15個あるが、本書『ピープス氏の秘められた日記』にはどれを付けたら良いのか悩ましい。とりあえず、当時の歴史が分かるから「歴史」と付けてみたが、いわゆる歴史本ではない。日記文学というのもあるから「文学」も入れてみた ...
獰猛な自然の闇、原始の人間性の闇『闇の奥』
本書『闇の奥』は、ポーランド系イギリス作家である作者の代表作。アフリカ最奥部の出張所で音信を絶った腕利きの象牙採取人を、船乗りの主人公マーロウが救出しに向かう、という筋書きだ。自ら船乗りとしてコンゴ川の上流まで行った体験を基にした、作者お得意の海(本作で ...
現代科学が解き明かす生物の合目的性『偶然と必然』
本書『偶然と必然』は、ノーベル医学生理学賞受賞の著者が、合目的性を大きな特徴とする生物の謎、そしてそこに内在する思想問題に迫った本である。我々人間をはじめ、すべての生物に一定の合目的性が備わっていることは、否定のしようがない。しかし、通常「目的」というの ...
名画を説く絵画のような文章『名画を見る眼』
本書『名画を見る眼』は、岩波新書で正続二巻。続編中の一編に驚いたので紹介したい。著者の高階秀爾氏の本は以前にも取り上げたのだが、その時の本のテーマは著者の専門外の日本の美。今回のは専門中の専門である西洋美術。本書は、著者が西洋の名画を一点10頁くらいで、 ...