あえて確率を追求しない合理性『人はどこまで合理的か』
人間の直感がかなり非合理にできていることは今や常識と言っても良いが、中でも確率に対する直感はかなり怪しい。とりわけベースレート(ベイズ理論の事前確率に相当する)を考慮に入れないことは、極めて広く見られる誤謬であるらしい。日常の直感ばかりでなく、相当に合理 ...
職業的挟持と互恵的利他主義『さらば、神よ』
職業的挟持、あるいは専心といったものがある。いわゆるプロや専門家といった人々は言うに及ばず、普通の商売人や会社員でも持っている、いやむしろ、普通の人々のそれの方が地味な背景から浮き出ているようにも思える、職務を全うしようとする強い意志。管理人は、それがは ...
AIに政治は任せられるか『訂正可能性の哲学』
これは数ある論点のうちの一つにすぎないのだが、人工知能民主主義(あまりに複雑になった世界においては、貧しい知能しか持たない人間を政治から追放し、意志決定を人工知能に任せるべきだとする政治思想)について、本書は皮肉かつ適切な指摘をしている。曰く、 [人工知 ...
泉鏡花渾身のゴルディアン・ノット斬り『夜行巡査』
ゴルディアン・ノットとは、アレクサンドロス大王にまつわる古代神話に出てくる難問である。「この結び目を解くことができた者こそ、アジアの王になるであろう」と予言された堅い結び目を、アレクサンドロスは剣で一刀両断にしたのである。少々乱暴なところはあるものの、目 ...
『マインドセット』で人生は変わる、はずなのだけれど
「しなやかマインドセット」は、失敗を成功の基として捉えることができる。それができない「硬直マインドセット」は、能力こそが自分の価値だと考える。だから、成功も失敗も能力の発露、つまり、成功は有能の証であり失敗は無能の烙印ということになる。さまざまな挑戦の一 ...
名探偵は要らなかった?『パノラマ島奇談』
本作『パノラマ島綺譚』は、江戸川乱歩としては長目の中編、奇想天外なある方法で無人島に自身の芸術の粋を集めた「パノラマ島」を築くという狂気を描いたものだ。ミステリーとしてはその「方法」のところがメインなのかも知れないが、本作をただのミステリーに終わらせない ...
人間の物語か荒野の物語か『荒野の呼び声』
本作、ジャック・ロンドンの『荒野の呼び声』は、何度か映画化されているし、確かアニメにもなっていたはずである。それなりに有名であることは知っていたし、原作があることも知っていた。ただ、映画やアニメが先に来るとチープ感がついて回る感じがして、敬遠していたわけ ...
モノの消滅、人の消滅『密やかな結晶』
本作『密やかな結晶』は、当代一流のストーリー・テラーである作者の比較的初期の作品である。少し前にブッカー国際賞の候補になったのは、作者の作品としては珍しく社会目線が強い作品である故か。もっとも、舞台である架空の島から次々とモノが消滅していくという異様な世 ...
老学士院会員「浮世」で奮闘す『シルヴェストル・ボナールの罪』
本作『シルヴェストル・ボナールの罪』は、作者アナトール・フランスの出世作ということである。主人公のボナール先生は中世修道院の歴史を研究する老学士院会員、そして本に囲まれ古書の目録を味読する本の虫であるから、ギッシングの『ヘンリ・ライクロフトの私記』のよう ...
犯罪心理と裁き手の心『殺された天一坊』
本作『殺された天一坊』は、探偵小説の古い小品。作者の浜尾四郎は検事から弁護士に転じた身で、かつては犯罪心理を研究していたという。現在でも専門家がその筋の作品を書くということはあるが、当時は珍しかったかも知れない。作者には『殺人鬼』のような本格的な探偵小説 ...