いまだ解読されない奇書の横綱『ヴォイニッチ写本の謎』

言語,ノンフィクション

 奇書や珍本の類ということで言えば、この本を外してはいけないだろう。「この本」とは、本書で扱われている「ヴォイニッチ写本」のことである。「写本」は、書かれた内容はおろか、時代も、目的も不明な全246頁の総天然色絵入り本である。本書『ヴォイニッチ写本の謎』は、この「写本」の謎を数年がかりで追った、一般向けとしてはおそらく最も詳しい本である。
 「写本」が何なのか、本書でも結論は出ていない。現在でも、結論は出ていない。そこで、勝手に推測してみる。これが「写本」の正しい楽しみ方なのだろう。

「写本」には何が書かれているか

 本であるにもかかわらず、何が書かれているかすら分からないのは、凄いとしか言いようがない。テキストは解読できず、ヒントになるはずの絵の方も思わせぶりな目くらましにも思えてくる。本の体裁をしているだけで、本でない可能性すらある。
 しかし管理人は、「写本」は後世の者が造った偽書の類ではないと考える。偽書であれば、内容はともかく、自らの来歴の主張があるはずだが、「写本」はすべてを秘密にしているからだ。そこで、少々穏当な見方ながら、「写本」の内容は、少数宗教に基づいた宇宙観と科学の混合だろうと考える。もちろん、多数派宗教からの迫害を怖れるために、秘密写本の形をとったものだろう。
 絵や図は当然、テキスト内容に対応している。曼荼羅様の図は、上記の内容にふさわしい。植物の絵は、おそらく実在の植物なのだが、その秘術や治療に使われる重要性ゆえ、テキスト部分と同様に、特定されないために、神秘性を持たせるために、大きくデフォルメしたり加除したり、ということだろう。

「写本」はどのように書かれているか

 「写本」はそもそも解読されていないから、その内容というよりは、その秘密文書としての強固さの故に注目されているところがある。しかも、一見すると言語のようでありながら、そして実際に言語の特性を持つらしいにもかかわらず、どの自然言語とも違っていて、どのような暗号化を想定しても解読できない。しかし、書かれた当時の知識レベルからすれば、それほど高度な作為が施されているとは考えにくい。
 これも想像してみると、使用者が少なくなった絶滅寸前の地方言語をベースにした「言語もどき」なのではないか。書かれた時代を考えれば正書法もなかったはずだから、オリジナルの正書法をこしらえ、奇態な文字に置き換え、さらに単語や文字を適宜加除したものではないか。ベースになる言語自体が複数あったり(ピープス氏の日記のように)、加除の規則も不規則にして、分かる人だけ分かれば良いと考えて、極力手掛かりを排除したものだろう。そして、それで十分だったのだ。

 死海写本のように、学術的に貴重で第一級の学者がこぞって調査に乗り出すなら、いずれ解読されるのだろう。しかし、「写本」は少々キワモノ扱いされているところがあるから、解読も進まないのだろう。誰かが懸賞金でも出せば変わってくるかも知れないが、そこから大変なものが出てきてしまうか、それとも夢が壊れるだけか。何というか、解読されて欲しくない気もする。


ヴォイニッチ写本の謎
ゲリー・ケネディ,ロブ・チャーチル 著
松田 和也 訳
青土社

書評

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