認知のアーティファクトの未来予測『人を賢くする道具』

心理,IT

 未来予測というものは、大抵は外れる。それも、何か別の対象を予測していたのかというくらいに外れる。しかし、それは未来は想像もつかないくらいに開けていることを示していると考えれば、まんざら悪いばかりでもないかも知れない。本書『人を賢くする道具』は、未来予測の本ではなく、企業での実践へと転じた認知心理学者である著者が、「認知のアーティファクト」(知的な道具)について語ったものだ。ただ、書かれたのが1993年であるから、そこで語られている幾つかのテクノロジーの未来予測、いや未来への期待を検証することができる。それがなかなか興味深いのだ。

「表現の持つパワー」のはずが

 フライト情報は、どのように表現すれば使いやすくなるか。限られたスペースにできるだけたくさんの情報を納める「オフィシャル・エアライン・ガイド」準拠の印刷物だと、すべての情報が網羅されているが、独特の書式に慣れる必要があるし、所要時間が書かれていないので計算するしかない。何より、テキスト情報なので直感的でなく、複数のフライトの比較が難しい。これを図表に変換すれば直感的になるが、そのまま変換したのでは所要時間が分かりにくいことに変わりはない。出発時刻で揃えて描けば、所要時間の違いは明確になるが、時刻そのものは分からなくなる。
 結局のところ、何が適切な表現であるのかは、タスクによる。そこで、「すべての情報が電子装置の上で利用でき、同じ情報をさまざまな方法――種々のニーズにあったさまざまなレイアウト――で表示できる」なら、それが最善ということになる。その後、インターネットが発達し、パソコンでもスマートフォンでも、それができる環境は整った。十分すぎるほど整った。しかし、そのような表示は実現されないままである。確かに、あまりに自由度が高すぎると、選択問題が生じてくる。だから、使いやすい少数の表示を自由に切り替えられるというくらいが妥当なのだろう。しかし、目の前にあるのは、使いにくい少数の選択肢から選ぶしかないという現実である。

超えられた「グルディンの法則」

 音声メッセージ・システムというものがある。典型的なのは、企業がユーザーからの電話をさばくための「あれ」である。要件に応じて、最初に3つの選択肢から選ばせ、次に4つの選択肢から選ばせ、しかしその先で間違った選択肢を選んだことが分かって一つ前に戻らせられる「あれ」である。著者がこのシステムを使ってフライト情報を得ようとしたところ、印刷物の3倍以上の時間を使った挙句、何一つ情報は得られなかったという。管理人がこの種のシステムに遭遇すると、ほぼ間違いなく、3段階目くらいで適当な選択肢がなくなって、オペレータの待ち行列に入れられる。
 どんなテクノロジーにも利点と欠点があり、そこにトレードオフが生じる。しかし、音声メッセージ・システムの利益は企業側にあり、負担はもっぱらユーザー側にある。そこで、グルディンの法則が成立する。すなわち、「仕事をする人と利益を得る人が違う場合には、そのテクノロジーは最初からうまくいかない、あるいは少なくとも廃れていくものである」。著者は20年前に予測した、いや祈った。「グルディンの法則は、非常に明快に音声メッセージ・システムに当てはまる。それらが速やかなる死を迎えんことを!」。だが、残念なことに、企業の利益、企業の論理はグルディンの法則をも超越するらしい。

AIの進歩はいずこに

 著者は、ほんの数年前(つまり1980年代)、自身を含めた多くの科学者が、早晩、機械が人間の知性に匹敵するか、ともすれば凌駕するだろうとまで予言し、そして見事に外したことを反省する。しかし、科学者とはきわめて保守的で、同時に極端に過激なのだという。そして、自信過剰であれ、思い込みであれ、堅い信念こそが人間の活動にとって重要なのだと前向きに考える。確かに、そうなのだろう。それが研究意欲につながり、科学を前進させるのだろう。だから科学の進歩の話は、話半分で聞いておく必要がある。
 現在から数年前、AIにブレークスルーがあったようだ。そして、「早晩、機械が人間の知性に匹敵するか、ともすれば凌駕するだろう」という予言がなされた。しかし、今のところ、予言が成就された気配はない。決して進歩が途切れたわけではないし、むしろ細々としたところにAIらしきものが応用されてもいるようだが、期待にはほど遠い。新型コロナへの対応でも、それほど活躍したという話は聞かない。これについては著者の予測、いや弁解は見事に的中したようだ。少し残念なような、少しほっとしたような気がするけれども、20年ごとにこのようなことを繰り返してゆくのだろう。

 というように、「人を賢くする道具」への途は険しいのだが、決して以上のようなものばかりではない。確実に進歩はある、なぜなら進歩の余地があまりに大きいからだ。それは、本書を読めば分かる。


人を賢くする道具 ソフト・テクノロジーの心理学
D.A.ノーマン 著
佐伯 胖 監訳
新曜社

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書評

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