臓器提供システムの語られない空白『わたしを離さないで』
本作『わたしを離さないで』は、ノーベル文学賞を受賞した作者カズオ・イシグロの代表作の一つである。映画化もされ(管理人は見ていないが)、その特異な背景設定も手伝って、受賞の前も後もかなりの話題となった。ある意味、不思議な読後感のある作品である。 本作の特 ...
星新一による「文学的敵討ち」の書『人民は弱し 官吏は強し』
本作『人民は弱し 官吏は強し』の作者は星新一、言わずと知れたショート・ショートの名手である。しかし、本作はショート・ショートではなく、父親である星一氏(以降、「星氏」は一氏の方を指す)の事業の成功と挫折を描いた伝記小説的ノンフィクションである。管理人は本 ...
漱石の生涯の思索の結晶『私の個人主義』
文豪漱石は、講演の名手でもあったという。本書『私の個人主義』の中にも、「紆余曲折の妙がある」という他の講演者による評が出てくる。実際に読んでみても、誰にでも分かる日常の例(かなり下世話なものまで)から初め、軽妙洒脱に話を展開させ、深遠な結論にまで持ってい ...
ヘルマン・ヘッセの思想と精神と芸術『ガラス玉演戯』
本作『ガラス玉演戯』は、ヘルマン・ヘッセの最後の大作、ノーベル文学賞受賞の決定打となった作品だ。本作の中心にあるのは「ガラス玉演戯」、すなわち、人類が生み出した科学と芸術の内容と価値を、高度に発達した神秘の言葉で表現し、相互に関係づけ、画家やオルガン奏者 ...
森鴎外の伝記文学の傑作『渋江抽斎』改め『抽斎&五百』
森鴎外には、伝記文学の傑作と称される三作品がある。『伊沢蘭軒』、『北条霞亭』、そして本作『渋江抽斎』である。中でも本作は、鴎外の全作品はおろか、近代日本文学の最高峰の一つとの声もあるほどだ。文章は惚れ惚れするほど立派。無駄な飾りがなく、抽斎本人から家族、 ...
昔の日本文学と昔の海外文学
幸田露伴の『五重塔』の書き出しは、「木理美しき槻胴、縁にはわざと赤樫を用いたる岩畳作りの長火鉢に対いて話し敵もなくただ一人、少しは淋しそうに坐り居る三十前後の女、男のように立派な眉をいつ掃いしか剃ったる痕の青々と……」となっている。これは新字新仮名に直さ ...
シェイクスピアは誰なのか『謎ときシェイクスピア』
本書『謎ときシェイクスピア』は、シェイクスピアが誰なのかを探った謎解き本である。もちろん、シェイクスピアはシェイクスピアに決まっているのだが、長年「本人」とされてきた劇団の一役者シェイクスピアは隠れ蓑で、実際の文豪シェイクスピアは別の人物に違いない、とい ...
生活を覆い尽くす小社会『怒りの葡萄』
本書『怒りの葡萄』は、オクラホマの大平原を砂嵐が襲い、耕地は荒野と化してしまう、農民達は「約束の地」であるはずのカリフォルニアの沃野を目指すが、ようやく辿り着いたカリフォルニアでも……という物語。作者スタインベックの代表作の一つである。作中、主人公のトム ...
子供の頃に「名作」を読むことの是非
子供の頃、例えば中学や高校くらいで「名作」(古典的な文学作品)に親しむべきかどうか、と問われれば、大概の人はイエスと答えるだろう。親や学校の先生ならなおさら、出版社もまた(本音は営業だろうが、それはそれで結構なことだ)若者層の読者に向けて「〇〇の百冊」と ...
聖俗が対決する「超人」の一代記『レ・ミゼラブル』
本書『レ・ミゼラブル』は、一片のパンを盗んだために19年間も投獄され……と紹介されることが多いが、それは物語の導入で、実は本筋とあまり関係がない。そもそも窃盗での当初の刑期は5年、その後に4回も脱獄を繰り返しての19年である。当時としても重かったのだろう ...