生活を覆い尽くす小社会『怒りの葡萄』
本書『怒りの葡萄』は、オクラホマの大平原を砂嵐が襲い、耕地は荒野と化してしまう、農民達は「約束の地」であるはずのカリフォルニアの沃野を目指すが、ようやく辿り着いたカリフォルニアでも……という物語。作者スタインベックの代表作の一つである。作中、主人公のトムとその家族には様々な危難が降りかかる。大恐慌や機械化農業といった時代の波に翻弄される貧困農民の苦難という背景の中、それらが物語の骨格をなしている。
農民を搾取する「食料品店」
だが、時代を映す小社会への批判という視点で見れば、一つの危難とも言えないような危難が目を引く。「食料品店」の存在である。この「食料品店」は、仕事場である農場に併設され、農場と同じ(あるいはつるんだ)会社が経営し、農民が得たわずかの賃金を「回収」する役割を果たしている。町まで出て行かなければ他の店はないから、「食料品店」はまさに言い値で農民から二度目の搾取をすることができる。今の日本にはさすがにこんなものはないと思いたいが、刑務所や拘置所で利用できる(せざるを得ない)小売業者は値段が高い、というような批判はあるらしい。
現代の我々が目にするのは、「食料品店」のような悪意や欲が透けて見えるものではない。むしろ善意にあふれた(はずの)ものであるが、それでも、どことなく「食料品店」と似たところがある。
社員の福利厚生:社員寮
例えば、社員寮。若い、あるいは経済的に余裕のない労働者にとっては、仕事と同時に面倒な住宅問題が解決するのだから、福利厚生としてはこの上ない。同時に食事も提供されるだろうし、(職場限定ではあるものの)制服や作業着も支給されるとすれば、衣食住の三点セットが会社から保証されるわけだ。
しかし、生活の多くを会社に依存することは、労働者に大きな影響を与えるだろう。失職すれば、寮を出ていかなければならなくなる。失職して経済的に苦しくなる、まさにその時に住処を奪われるわけだ。そういうことが分かっていれば、簡単に会社と衝突するようなことはできなくなる。会社がそれを狙っているとは言わないが、ともかくそういうことになる。
社員のステータス:コーポレイト・キャンパス
社員寮よりずっと洗練されたものに、コーポレイト・キャンパスがある。GAFAのような先端企業が、本社のある郊外地に打ち立てる「企業街」と言うべきものだ。バーやカフェテリアは言うに及ばず、娯楽・スポーツ施設、病院や公園まで備えている、街を超えた街。無能な行政が計画した街などとは比較にならないグレードの高さだ。管理人も3年くらいなら、一度経験してみたいと思う。
こうした企業街は、所属企業が(直接にあるいは間接に)運営するものであるが、「食料品店」のような搾取はない。それどころか無料ないし格安だ。失職したからといって、すぐに追い出されるわけではない(のだろう)。だが、生活のすべてがすっかり企業に覆われていることに変わりはない。自分の生活を何かに握られているという感覚、その感じ方は人によって違うのだろうが、どうにも気味が悪い。
怒りの葡萄 上/下
ジョン・スタインベック 著
大久保 康雄 訳
新潮社(新潮文庫)
管理人が読んだのは旧訳(大久保訳)だが、同じ新潮文庫で新訳(伏見訳)も出ている。旧訳で特に不満はないのだが。









