凡俗と稀代の音楽家をめぐる言葉の洪水『ジャン・クリストフ』
本作『ジャン・クリストフ』は、ノーベル文学賞も受賞したロマン・ローランの代表作。主人公のクリストフは、べートーヴェンがモデルになっているらしい。作者には、『ベートーヴェンの生涯』という伝記作品もあり、そちらの方は当然のことながら、才能と栄光とに包まれてい ...
嵐の中を放浪するのは天才か落伍者か『放浪記』
本作『放浪記』は、冒頭にある「私は宿命的に放浪者である」の言葉が印象的な林芙美子の代表作。出版社の説明によれば、「貧困にあえぎながらも、向上心を失わず強く生きる一人の女性」の自伝風の作品、というようなきれいな話になるのだが、実際のところは作者も作品も掃き ...
無政府主義者の科学、なのか?『科学の不思議』
本書『科学の不思議』の著者は、アンリ・ファーブル。『昆虫記』で有名な、あのファーブルである。内容はその著者や表題から想像できるとおりで、少年少女向けに、さまざまな科学上の疑問に答えてゆくというもの。 しかし、ここで注目したいのは、本書の訳者である。大杉 ...
前衛詩人の短編小説『猫町』
本作『猫町』の作者である萩原朔太郎は、言うまでもなく(当時としては前衛の)詩人である。詩人ではあるが、数は多くはないものの小説や随筆も書いている。それが珍しくて本作を手にしたのだが、本の薄さ(その薄い文庫本に18編が採録されている)の割には中身は濃厚とい ...
平凡ならざる作者の平凡ならざる思想と感情『平凡』
本作『平凡』の作者は、言文一致と写実主義で知られる二葉亭四迷である。本作は実際はフィクションなのだが、冒頭で「近頃は自然主義とか云って、何でも作者の経験した愚にも附かぬ事を、聊かも技巧を加えず、有の儘に、だらだらと、牛の涎のように書くのが流行るそうだ。好 ...
芥川龍之介渾身の心理短編『三右衛門の罪』
本作『三右衛門の罪』は芥川龍之介の短編。十ページ少々の作品である。それほど有名ではないかも知れないが、一点に絞ったテーマに、実に考えさせられるところがある。梗概を書けば数行で足りるだろうし、知ってしまえば初めから分かっていたような気にもなるのだが、人の心 ...
罪と償いと復讐と超越の物語『恩讐の彼方に』
本作『恩讐の彼方に』の作者は、菊池寛。文芸春秋を創刊したり、芥川賞・直木賞を創設したりと、作家としてばかりでなく、実業家としての顔もまた有名である。本作は、作者が人気作家へ向けてスタートを切った出世作であり、また代表作の一つでもある。わずか31歳で本作の ...
謎が謎を呼ぶメタ・ミステリー『深夜の市長』
管理人は、SFやミステリーの類を読むのは自粛している。嫌いなわけではなく、面白すぎてそればかり読むようになってしまいそうだからだ。そこで、何かの理由をつけて、これは例外なのだという顔をして読むことにしている。本作『深夜の市長』での理由は、作者が日本のSF ...
ロジック明晰な音韻論の古典『古代国語の音韻に就いて』
本書『古代国語の音韻に就いて』は、国語学者である著者が、古代の文献に使われていた万葉仮名の分析により、古代の日本語の仮名遣いを明らかにしつつ、それと表裏一体をなす音韻を推測していく、というもの。説明のベースには、江戸時代の国学者であった契沖阿闍梨や石塚龍 ...
猥雑と混沌の『上海』
本作『上海』は、作者である横光利一の最初の長編小説であり、代表作の一つでもある。そして、「序」で述べられているように、後から改稿もした「最も力を尽くした作品」であるようだ。ただ、その割になのか、それ故になのか、作者の短編、例えば『機械』や『微笑』に見られ ...