謎が謎を呼ぶメタ・ミステリー『深夜の市長』
管理人は、SFやミステリーの類を読むのは自粛している。嫌いなわけではなく、面白すぎてそればかり読むようになってしまいそうだからだ。そこで、何かの理由をつけて、これは例外なのだという顔をして読むことにしている。本作『深夜の市長』での理由は、作者が日本のSFの開祖の一人である海野十三であることだ。作者は少年向けSFでも有名だが、本作は深夜のT市を統率する謎の「深夜の市長」をめぐる物語、大人の寓話的なミステリーである。実に80年以上も前の作品であるが、文章は平易、テンポも良くてどんどん先を読みたくなる。
昼の世界と深夜の世界
社会には、陽の当たるところと、陰のあるところがある。陰のあるところ、例えば地下社会のごときものは、少なくとも現代の先進国では社会の隅に追いやられているが、あるところにはある。本作は、それを「深夜」の世界として、社会全体を覆って見せた寓話と言えようか。大概の人は、陽の当たるところだけに住んでいるか、陰のあるところだけに住んでいるかのどちらかだ。検事や警視総監はもちろん前者、「深夜の市長」やその取り巻きはもちろん後者、のはずだ。司法官試補にして探偵小説家である本作の主人公は、ふとした偶然から両方の世界を行き来するようになる。そうして分かったのは、意外にも、両方の世界は隔絶されたものではないという事実だった。
本作には、かなり現実的な舞台設定(主に昼)とまったく荒唐無稽な地下世界(主に深夜)が同居している。それがクルクルと入れ替わりながら、一つの謎が生まれ、一つの謎が解決してゆく。ただし、読み終えてスッキリという、いわゆる「良質なミステリー」の類ではない(この「良質な」というのは「ミステリー」などごく一部の対象にしか結びつかない不思議な、そして少々見下した言葉だ)。何しろ、ミステリーがミステリーのまま残されてしまうのだ。いや、いろいろの謎は最後に一応説明されるのだが、より大きな謎を残してしまう。急転直下の最終盤は、急ぎすぎたものか、意図的なものか。それも謎である。
「深夜の市長」と深夜の世界は何処へ
まず、市長の鍵の謎。鍵と金庫をめぐる顛末は、市長室の金庫の前で明かされる。金庫の中身やその行方も、大体は想像がつく。しかし、鍵を盗んだ犯人は、なぜわざわざ金庫にトリックを仕掛けたのだろうか。鍵を持っていればトリックを仕掛ける必要はないし、鍵を取り返された後はトリックの仕掛けようがない。鍵を取り返された場合のことを考えてあらかじめ、というほど用意周到なら、もし開けられてしまえば簡単に足が付いてしまう方法を使うというのも解せない話だ。
そして、「深夜の市長」の謎。「深夜の市長」の正体は、穴蔵に残された最後のメッセージで明かされる。別に表の顔を持つ「深夜の市長」が「深夜の市長」となった理由も、何となくは想像できる。しかし、「深夜の市長」があれほどの深夜の世界を作り出したのは、今回のような小さな事件のためではなく、もっと大きな目的があったはずだ。ところが、今回の事件後に、「深夜の市長」は表の顔もろとも、あっさりと身を引いてしまうのだ。
これは管理人の見立てなのだが、深夜の散歩を日課としていた主人公は、意外に「深夜の市長」と息が合いそうだった。司法官試補としての表の顔と探偵小説家としての裏の顔を持つところも、「深夜の市長」の後継者にふさわしいような気がしていた。しかし、そうはならなかった。ならなかったどころか、彼は表の顔を投げ捨ててしまった挙句、深夜の世界からも捨てられてしまうのだ。
さて、「深夜の市長」はどこに行ってしまったのか。深夜の世界はどうなってしまったのか。これは、最後にすべてが明かされる、というミステリーのお約束を破った「メタ・ミステリー」なのだろうか。それとも、もっと良く読み込めば分かってくるのだろうか。そうだ、きっとそうに違いない。
深夜の市長
海野 十三 作
東京創元社(創元推理文庫)
本作は、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000160/card1219.html)に入っている。









