森鴎外の伝記文学の傑作『渋江抽斎』改め『抽斎&五百』
森鴎外には、伝記文学の傑作と称される三作品がある。『伊沢蘭軒』、『北条霞亭』、そして本作『渋江抽斎』である。中でも本作は、鴎外の全作品はおろか、近代日本文学の最高峰の一つとの声もあるほどだ。文章は惚れ惚れするほど立派。無駄な飾りがなく、抽斎本人から家族、 ...
アウシュビッツの極限悪と救いの途『夜と霧』
世の中には「絶望的な体験」とでも言うしかないものがある。幸いにして、管理人は今のところ、そこまでの体験はせずに済んでいる。それでも、戦争や内乱はともかくとして、自然災害、人的災害、犯罪、テロリズム……といった事件に巻き込まれる可能性は、今の日本でもないわ ...
反捕鯨論の内実『鯨とイルカの文化政治学』
日本は昔から鯨(同種であるイルカを含む)を資源として利用してきた。欧米もまた、鯨を資源として利用してきた。しかし、欧米は自らの「利用」が商業的「収奪」であったことに気づいたものか、急速に保護に傾斜していって、利用を続けようとしている日本と対立するようにな ...
プロテスタンティズムの倫理と梅岩の石門心学『企業倫理とは何か』
石門心学あるいは心学とは、江戸時代に石田梅岩が創始した、日常生活に密着した実践道徳学である。この心学は、梅岩が商家に奉公していた頃の独学に根ざしていたこともあり、当初は商人の学という趣があったが、後に広く農民や武士にまで影響を及ぼした。本書『企業倫理とは ...
チャプリンから民主主義へのメッセージ『独裁者』
本作『独裁者』は本ではなく映画、チャプリンの凄まじいまでの風刺映画だ。「風刺」を超えて、笑いによる「直接攻撃」という感がある。本作はあまりに有名であるし、批評もし尽くされているが、管理人なりの感想をということで、今回の題材に選んでいる。 本作の舞台は、 ...
ESP実験は科学たり得るか『疑似科学と科学の哲学』
タイトルだけ見ると何の本かと思うが、科学哲学に関する真面目な本だ。科学哲学とは、方法論や存在論といった観点から科学を対象とする哲学。興味深いけれども、非常に多岐・広範囲にわたる問題を扱っていて焦点を絞りづらい。そこで、本書『疑似科学と科学の哲学』は、疑似 ...
利己の努力と幸福三説『努力論』
本書『努力論』は「努力」についての本だ。見出しを拾うと、「運命と人力と」、「着手の処」、「自己の革新」……というもの。実際、著者の露伴は「努力に関することが多いから」このタイトルにしたと言う。しかし、そこでいう「努力」は、今の時代の我々がいう「努力」とは ...
原爆投下を論理で考える『戦争論理学』
戦争に論理はあるのだろうか。戦略や戦術はあるかも知れないが、論理とは縁がなさそうに思える。そういう思い込みがあるから、本書『戦争論理学』のタイトルは目を引く。しかし、戦争という歴史的事実について論理的に議論することはできるし、またすべきでもある。本書は、 ...
ご都合主義の生態系観に異議あり『自然はそんなにヤワじゃない』
以前にレビューした『チェンジング・ブルー』が気候変動についての正統派の一冊だとすれば、本書『自然はそんなにヤワじゃない』は生態系についての異端の一冊だ。「異端」と言っても、荒唐無稽な主張が展開されているわけではない。著者の専門である陸水生態学での成果を踏 ...
専門家と一般人との間の深い溝『専門知は、もういらないのか』
かつては一部の特権階級の独占物であった専門知は今や一般大衆に開かれた、はずであったが、実際にはそうはならなかった。むしろ、専門知や専門家を軽視する風潮が生まれ、専門知が支えるべき民主主義を危機に陥れている。本書『専門知は、もういらないのか』は、そうした実 ...