プロテスタンティズムの倫理と梅岩の石門心学『企業倫理とは何か』

哲学,経済

 石門心学あるいは心学とは、江戸時代に石田梅岩が創始した、日常生活に密着した実践道徳学である。この心学は、梅岩が商家に奉公していた頃の独学に根ざしていたこともあり、当初は商人の学という趣があったが、後に広く農民や武士にまで影響を及ぼした。本書『企業倫理とは何か』は、この心学を企業の社会的責任(CSR)の先駆と捉え、その関係を探ったものだ。
 もちろん、CSRは西欧由来であるし、その主体が企業である点で個人のモラルを中心に据える心学とは少々ベクトルが異なる。しかし、企業を構成する個人、特にトップ経営者のモラルがCSRで求められる企業倫理に展開してゆくことはあり得る。実際、心学の直系であるかどうかは別にしても、古くは商家の家訓から近代の名経営者の思想まで、日本にはそうした発想が見られる。

心学とウェーバーの『プロ倫』

 個人の実践道徳学である心学が日本の商人あるいは商業に与えた影響に注目すると、本書でも触れられているように、ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』との関係が気になる。この点が端的に示されている一節は、次のとおりだ。

禁欲[の精神]は、……富を目的として追求することを邪悪の極みとみなしたのである。それでいて、職業労働の果実として富を獲得することは、神の恵みと考えた。さらに重要なことは、禁欲の精神の立場からは、世俗の職業を弛みなく、不断に、組織的に営むことは、そのままで最高の禁欲的な手段とみなされたのであり、……信仰の真正さをもっとも確実な方法で証明するものとして宗教的に高く評価されたのだった。そしてこれが、わたしたちがこれまで資本主義[の精神]と呼んできた人生観を広めるために、考えられるかぎりでもっとも強力な「テコ」として働いたのである。

 つまり、プロテスタンティズムの倫理が全面的に資本主義の精神に入り込んだわけではない。重要ではあるが、その一部にすぎない禁欲の精神が俗世と交わったということだ。これが図らずも、商業的情熱に転化し、俗世のチャンピオンである資本主義の燃料となった。だから、西欧の資本主義はそれほど「倫理」的ではなく、したがってCSRのようなものを必要とした、と言ったら言いすぎか。

商業倫理としての心学

 そう考えると、心学の場合はヨリ直接的で、徹底している。心学はそもそもが商業の倫理だ。商売繁盛の燃料にもなったかも知れないが、それだけでなく当時低く見みられていた商業に使命感と自負とをもたらした。心学は宗教ではないが、宗教以上に克己の精神をもたらした。本書に出てくる心学の言葉にも、これが現れている。

  • 朝は明けやらぬうちに田圃に出で、夕べには星をみて家に帰る。自分がまず率先して働きながら人を使い、春は耕し、夏は草取り、秋に収穫のときを迎えるまで、田畑から五穀の一粒でも多く収穫できるように、きめこまかい配慮を忘れず……。
  • 財宝を用いるにあたって、倹約するという心がけのなかには「人を愛する」という考えが潜んでいるものだ。人を愛そうと思っても、お金がなければ事実上、愛することもできないことが多い。したがって家や国を治めるにあたって、倹約が基本であることは明らかである。
  • まことの商人は商売の相手を立てながら、自分も立つという心がけを持っているものだ。商売をごまかして世を渡る人間は、人を騙していながら、その場を取り繕っているだけのことである。

倫理まみれの精神風土

 このように、日常生活の隅々にまで倫理が浸透している、というのが心学の真骨頂である。しかし、これは危険な面もある。あらゆることが倫理で塗り固められていなければ気の済まない精神風土を生んでしまうのだ。もちろん、心学はそんな教えはしていない。しかし、人の性情としてそうなってしまうということだ。
 何か悪いことが起これば、すべては倫理の問題に還元される。技術の問題であっても油断があった、ケアレスミスでも緩みがあった、ミスですらなくても驕りがあった、と非難される。他人に付け入られた場合ですら、隙があったとなじられる。不祥事らしきものがあれば、事実関係も判然としないうちから、個人の人格や企業の姿勢に対する糾弾が始まる。事実が判明し、大事ではなかったと分かっても糾弾は止まない。不祥事「らしき」ものを招いて世間を騒がせた落ち度があるからだ。

 心学が遺してくれた(と思われる)日本のビジネスの美徳はたくさんある。心学の教えが歪んでしまった(かも知れないし、そうでないかも知れない)日本の病理もありそうだ。そうしたことを知るためにも、もう少し心学が注目されても良いと思う。


企業倫理とは何か 石田梅岩に学ぶCSRの精神
平田 雅彦 著
PHP研究所(PHP新書)


プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神
マックス・ウェーバー 著
中山 元 訳
日経BP社(日経BPクラシックス)

書評

Posted by admin