ご都合主義の生態系観に異議あり『自然はそんなにヤワじゃない』
以前にレビューした『チェンジング・ブルー』が気候変動についての正統派の一冊だとすれば、本書『自然はそんなにヤワじゃない』は生態系についての異端の一冊だ。「異端」と言っても、荒唐無稽な主張が展開されているわけではない。著者の専門である陸水生態学での成果を踏まえつつ、少々挑戦的な論法で我々の思い込みや身勝手を正してくれる、そういう意味で貴重な視点を与えてくれる本だ。
人間の都合どおりではない生態系
本書の論法を、管理人なりの理解も交えて述べてみよう(著者自身はここまで言い切っているわけではない)。
例えば、絶滅危惧種を保護することは、「アプリオリに良い」ことだと考えられている。しかし、人間はトキやクジラを保護することには熱心な一方で、雑草やある種の昆虫に対してはそれが絶滅しても構わないかのような態度で接している。ある希少種の保護活動がかえって別の希少種への害を招いてしまうなど、生態系はその保護に躍起になっている人間に都合良くできているわけではない、という現実もある。
あるいは、生物多様性を保全することは、「アプリオリに良い」ことだと考えられている。ところが、競争に強い生物種は一般にストレスに弱いため、生態系への攪乱であるはずの殺虫剤を投与すると、(それがストレス源であるために)一強だった生物が姿を消して、全体としては生物多様性が上がることがある。あるいは、水質汚濁問題を抱えた濁った湖を人間は嫌うが、その方が栄養豊富で生物多様性は高くなる。
現実の生態系は複雑で、身勝手な人間が「こうあって欲しい」あるいは「こうあるべし」と考えているものとは、かなり違うのだ。
生態系と人間、そして利害関係
著者は、結局のところ生態系というのは、(人間を含めた)すべての生物種が自ら生き残るために必死になりながら、結果として一定のバランスがとれている統一体である、と言う。それぞれの種は決して他種のことは考えていないし、すべての生物種にとって都合の良い環境というものもない。そうであれば、人間は人間が生きていくのに適した生態系、つまり人類を誕生させ、これまで育んできた生態系を保全するという考えで良いし、またそうすべきだが、それが分相応だということになる。
それを超えて、他の生物種やその環境、あるいは生態系それ自体のために何かしよう、と考えるのは、殊勝ではあるが傲慢と紙一重でもある。よほど賢明に進めない限り、絶滅危惧種の保護や生物多様性の保全の例で見たように、思い通りには行かないだろう。いや、それだけならまだ良い。著者も指摘するように、同じ人間であってすら、人それぞれに好む生態系や自然観は異なる。さらに言えば、その裏側に、さまざまな現世的な利害関係が隠れている場合もある。
自然は困らない、困るのは人間だ
極論すれば、生物が絶滅しようと、地球が温暖化しようと、陸地が海に変わろうと、自然はその新たな状態で、粛々と進行するだけで実は何も困らない。困るのはそれらに依存して生きる人間だ。「自然保護」や「地球にやさしい」というような標語は、口当たりは良いがどこか胡散臭い。それはある種の保護政策が、実は人間目線であることを、もっと言えばある人間にとっては都合が良く別の人間にとっては都合が悪いということを、覆い隠す作用があるからだ。人間目線で構わない。むしろ人間目線であることをハッキリと自覚している方が、よほど透明性が保たれる。
自然はそんなにヤワじゃない 誤解だらけの生態系
花里 孝幸 著
新潮社(新潮選書)









