異国の経済を立て直した昭和の日本式エネルギー『ルワンダ中央銀行総裁日記』
本書『ルワンダ中央銀行総裁日記』は、正にタイトルどおりの本。話が開発途上国の経済立て直しというものだから、浮かれた話は一切出てこないのだが、冷静に考えてみるとやっていること自体は相当に破天荒である。地球の裏側の国で何かを売り歩いたとか、何かのビジネスを立ち上げたとか、そういう話ならありそうなものだが、その国の経済の立て直しという超硬派な内容とのギャップが凄い。
外国人が中央銀行総裁になる
著者の服部氏は、日本銀行に勤める日本人である。その外国人である著者が、小国とはいえルワンダという独立国の中央銀行総裁になってしまうというのが、まず驚く。日本でも明治の頃は政府お抱えの外国人がたくさんいたし(それに相当する人物は本書にも多数出て来る)、著者が中央銀行総裁となったのも国際通貨基金からの要請に応えたものというから、前例がないわけでもないのだろう。
しかし、企業の外国人社長やサッカーチームの外国人監督なら珍しくもないが、何しろ対象が桁外れである。中央銀行の総裁、それもボードのない小国のそれは、国の金融政策を一手に握る絶大な権力者であるはずだ。著者もその点は大いに自覚していて、着任早々大統領の信任を取り付け、一定の成果が出たところでルワンダ人総裁へのバトンタッチを急いだ。それにしてもと感じるところはあるが、政府は政策、中央銀行は技術、という著者の割り切りによったものだろう。実際のところ、技術にとどまっていたのかどうかは定かでないのだが。
中央銀行の枠をはみ出す
著者もさすがに政治そのものに手を出すことはないのだが、こと経済問題に関しては、さまざまな形で中央銀行や中央銀行総裁の枠をはみ出す活躍を見せる。スタッフがあまりに貧弱で、当初は総裁でありながら、自ら伝票まで見なければならなかったのはご愛敬としても、民間銀行の設立、倉庫の建設と運営、バス路線の拡充、などなど、およそ中央銀行らしからぬ「事業」にまで手を伸ばす。必要あらば、民間の経営者とも渡り合う。
ただ、これは著者に期待されていたのが普通の中央銀行総裁ではなく、ルワンダ唯一の経済の専門家としての働きであったことからの必然であろう。また、金融経済が十分に発達しておらず、経済にテコ入れしようと思えば、実体経済に切り込まなければ大した成果も上がらないというルワンダの経済事情の反映でもあったろう。そこで、庁舎で計数をいじっているだけではない、現場の人となったのだろう。
日本式改革のエネルギー
著者の改革の基本には、進んだ外国経済の上っ面を移植するのではなく、ルワンダの実情に合った農業主体の改革があった。途上国、ことにアフリカへの経済援助が必ずしも奏功しない中、後にルワンダが「アフリカの奇跡」と呼ばれる経済成長を達成したのも、そうした著者の慧眼があってのことだろう。それを達成するための仕事は、必然的に、泥臭くエネルギッシュなものとなった。
それにしても著者の辣腕は、正に昭和時代の「日本式」であった。日本では国の利益と銀行の利益は同一だという話が出てくるし、「法的権限はすべてこちらにある、拒否すれば規制を作って強制するまでだ」と協定の締結を迫る手法は日本の行政指導そのものである。「私は世界でも強力な中央銀行に二十年奉職してきた」と啖呵をきるところなど、中央銀行マンとしての挟持と多少の自信過剰も感じられないわけではないが、とにもかくにも古き良き時代の「日本式」エネルギーに溢れた本である。
ルワンダ中央銀行総裁日記
服部 正也 著
中央公論社(中公新書)









