職人の魂と親方の心『五重塔』
本作『五重塔』は、以前に言葉の問題で取り上げたことがあるが、小説の内容についてもレビューしておこう。小説としては露伴の代表作の一つで、新旧の二度、映画化もされている。なるほど、登場人物の個性、その心理描写、いくつかの「事件」、そして五重塔をめぐる分かりやすいプロット、いかにも映画向きという感じがする。実際に見てはいないのだが、頭の中にスクリーン上の場面が浮かんでくる。
のっそり十兵衛と親方源太の「対決」
この小説の主人公は誰だろう。一応は大工の「のっそり」十兵衛ということなのだろうが、十兵衛に振り回される親方の源太も重要な登場人物だ。そのハイライトは二人の対決、ただし「自分一人によこせ」というばかりではない、自分を考え相手を考え、という屈折した対決の場面だろう。自分の方から見ればもっともな考えだが相手はこれを理解せず、逆もまた然り。そして、腹蔵なく言い合ってすら、なお対立してしまう。
親方のよどみない口上
それにしても、すぐに口が重くなってしまう十兵衛の方はともかく、親方のよどみない口上はどうだろう。難しい胸の内をこれほど理路整然と、滔々と述べ立てるのは、読んでいて呆気にとられるほどである。何しろ、露伴がおそらくは何十時間もかけて書いたレベルのものを、ものの数分でしゃべりたてるのだから。こうしたことはどの小説にもあることだから、それがどうこうと言うのは小説のお約束に反していようか。セリフであると同時に、講談師による心理描写、つまり地の文のようでもあるから不自然にはならない。本作ではこれが特筆に値する。少し引いておこう。
五重塔は一日にして成らず
さて、正直なところ、最後の結末には少々拍子抜けしてしまった。きっと五重塔は建てられたそばから倒れてしまうのだろうと思っていた。五重塔は芸術か何かの象徴なのかも知れないが、ここで嵐に耐えてしまうのは、安直なハッピーエンドのようでいただけない。十兵衛は、人に何と言われようと一心に技量を磨いてはきたのだろうが、本作の限度では我を通しただけ。そう言っては悪いが、特に何をしたわけでもない。むしろ、倒れてしまった方がしっくりくる。五重塔は一日にして成らず、倒れてしまってもまたやり直すのだ、というくらいの方が重みがある。
五重塔
幸田 露伴 著
岩波書店(岩波文庫)
本作は、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000051/card50351.html)に入っている。