未完にもほどがある未完の大作『神州纐纈城』

文学,青空文庫

 本作『神州纐纈城』は、未完ながら作者である国枝史郎の代表作。人の血を絞って染めた纐纈布をめぐって話が進むので、ジャンルとしては怪奇モノというようなことになるのだろうが、それに納まらない内容がある。本作と同じくらいの怪奇モノであれば、小説でも映画でも漫画でも、胃もたれしそうだが、本作の読後感はそれなりの作品を読んだという感じなのだ。

未完の大作、その後はどうなる

 この種の物語の常套手段なのかも知れないが、本作は少なくない登場人物のキャラクターが濃い。神秘の宗教団を立ち上げた最高聖人とその隣の纐纈城で血染めの布を織る最高悪人が筆頭、これにいわくありありな陶器師と女面彫師、怜悧残忍な14歳の少年武士。血染めの布に翻弄される主人公が唯一人、浮世の人間という感がある。
 こうした連中があり得ないほどの偶然も手伝って邂逅やニアミスを繰り返し、いわく因縁を織り上げていく。そうして、いわく因縁が溜まりに溜まって「さあこれから」というところで、未完で終わる。その先はあまりに可能性がありすぎて、どうなるかは想像もつかない。ここから誰かが書き継いでも、人ごとにまったく違った物語が出来上がるだろう。作者自身、どう収拾をつけて良いのか分からなくなってしまったのかも知れない。

アクの強い人物・筋書と美文

 アクの強い登場人物の中でとりわけなのは、やはり纐纈城の主であろう。憎悪の道への転落の切っ掛けは不治の病ということだろうが、ここまで落ちたのはなぜなのか。血染めの布などという奇矯な実践で何をしようとしたのか。逆に病者の身にありながら、これほど壮大な極悪システムを構築できたのはなぜなのか。ついに城を離れてどうなるのか。続きが読みたくなるが、もしかすると続きがあってもこうした疑問には答えてくれないのかも知れない。
 本作の特徴はこうした内容面だけではない。三島由紀夫が「文藻のゆたかさと、部分的ながら幻想美の高さと、その文章のみごとさと、今読んでも少しも古くならぬ現代性に驚いた」と評した内容に相応しからぬ格調のある文体も魅力だ。内容がおどろおどろしいにもかかわらず、どこか淡々としていて、突き放したような冷たさがある。瀕死の主人公が舟で流されていくところなどは、現世と異界の境を巡るようで幻想的である。

発掘される大衆文学

 作者国枝史郎は、戦前の作家である。日本式の分類では大衆文学の範疇に入るのだろうが、それなりに評価は高かった。それでも没後80年ともなると、古くなった作品が出版され続けるというのは難しかろう。作風も立ち位置もまったく違うが、このブログで扱った海野十三、菊池寛、林芙美子、久生十蘭、火野葦平あたりも同様で、代表作が細々と文庫化されているくらいである。
 しかし、読んでみれば分かるが、これらの作品は経年ほどには古くなっていない。それどころか、時代がかった部分を外してしまえば、読んだだけで作品の制作年代を当てることは難しいだろう。それは、文章についても、内容についても、である。こういう作品は、場さえあれば、脈々と読み継がれるのだろう。青空文庫が最初の場となった。電子書籍はまだその場になりきっていないようであるが。


神州纐纈城
国枝 史郎 作


本作は、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/000255/card1403.html)に入っている。

書評

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