コンピュータ・シミュレーションで探る最適戦略『つきあい方の科学』
本書『つきあい方の科学』は、一風変わった人間関係、社会関係の本である。ある意味、ゲーム理論の「古典」とも言える。本書を特に有名にしたのが、著者が行った実験と、その結果である。著者は、経済学や心理学など各分野で活躍するゲーム理論の研究者14名を招待し、コンピュータ上の「反復囚人のジレンマ」ゲームで各人が作成した戦略プログラムを競わせる、という選手権を開催した。
二連覇した「しっぺ返し」
そこで勝利したのは、心理学者のラパポートが作成した、プログラム・コードがわずか5行の「しっぺ返し」(TIT FOR TAT)という単純なプログラムであった。さらに、この結果を公表した後に行われた第二回選手権でも、非常に複雑なプログラムや「しっぺ返し」の改良版も参戦した中、勝利したのはやはり「しっぺ返し」であった。
この「しっぺ返し」は、最初は協調行動をとり、その後は相手が前の回にとったのと同じ行為を選ぶ、というもの。単純の極みと言える戦略ではあるが、決して自分の方から裏切らないという「上品さ」、相手が裏切った後でも協調するという「心の広さ」など、互恵主義のうちでも特に成功しやすい特性を備えている。本書は、そうした結果に至る条件や限界、その社会的意味を探っている。巻末に各選手権の詳細なデータも収録されており、本文中の解説と併せて読むと興味深い。
万能でも本質でもないが
注意しておきたいことを二点ほど。
まず、「しっぺ返し」は、強力ではあるけれども、万能ではない。むしろ、他にさまざまな戦略がある中で、そつなくこなし、勝ちも負けもある中で相対的に優れているということだ。また、二連覇の結果は決してまぐれではないが(むしろ相当に堅固であるらしい)、他にどのような戦略があるかによって結果は変わってくる。つまり条件次第という面はある。実際、第二回選手権の戦略の中には、もし第一回選手権に参加していれば、「しっぺ返し」を上回ったであろうものもあったという。
次に、「しっぺ返し」は、その特性を直感的に納得しやすいし、「E=mc2」の数式ような単純な美しさがある。だから、ここに人間社会でも通用するような互恵主義のエッセンスがあるように思えてしまう。しかし、あくまでコンピュータ内の囚人のジレンマゲームの結果にすぎない。環境の単純さが結果の単純さに反映されていることは、疑いない。ましてや、そこに倫理的な価値まで読み込むのは、それこそ自然主義的誤謬である。「右の頬を打たれたら左の頬をも向ける」のも「倍返し」するのも、人それぞれである。
政治学者のゲーム理論
実際、本書が出版されたのは30年以上前であるが、その後大きな展開があったわけではないし、著者の見解に対しては批判も出されている。もっとも、専門外の「政治学者」である著者が注目を集めたことが、そうした批判を強めた向きはあるだろう。
ともあれ、本書で紹介されている考え方が、大変に示唆に富んでいることは間違いない。何だかんだと言いながら、現在でもこの種の話題が出る時に真っ先に引用されるのは、著者のこの研究なのだから。
つきあい方の科学 バクテリアから国際関係まで
ロバート・アクセルロッド 著
松田 裕之 訳
HBJ出版局