国家の危機を乗り越える力『危機と人類』

社会,歴史

 本書『危機と人類』は、毀誉褒貶の激しい「ベストセラー学者」である著者ジャレド・ダイアモンドによる、国家の危機とそこからの回復を扱った歴史書である。国家の危機を、個人の危機への対応策(特に、ボストンのナイトクラブで起きた火災事故への対応策として開発された心理療法)を基にした、危機の認識、他者からの援助、自己評価などの12個の要素をフレームワークとして使って分析していく。

過去の成功、現在の課題、未来への展望

 本書は全体として、特に何かの結論が出そうというわけではない。最後の方で、国家が行動を起こすには危機が必要なのか予見で行動できるのか(予見で行動できることもあるが危機はより大きな動機づけになる)、指導者は歴史に違いを生み出すか(戦時や政敵の存在など一定の環境下ではより大きな違いを生み出せる)というよくある疑問に答えているくらいである。
 それよりも、分析することにより、過去の成功、現在の課題、未来への展望を浮き彫りにしようというものだ。それも、現在のような少数の事例のナラティブに頼るのではなく、多数の事例の数量分析に進んでいく必要があると指摘している。

7つの国家、そして世界

 本書で扱われている国家は、フィンランド、日本、チリ、インドネシア、ドイツ、オーストラリア、アメリカ、そして世界。日本は唯一、明治維新の危機と現在の危機の2回登場する。ただ、日本は著者が唯一、その国の言語が分からない国だと言っているように、資料が十分でないのか偏りがあるのか、事情をよく知る日本人から見れば、特に見るべきところはない。むしろ、12要素のフレームワークに無理に押し込もうとして無理が出ているようなところがある(これは他の国についてもある)。
 対して、フィンランドの事例は、こちらに知識がないので、かなり驚いた。第二次世界対戦以降、フィンランドは隣国ロシアに対してそれまでと違った徹底した宥和戦略を採るのだが、これが自国の指導者の選挙制度まで変えてしまうというくらい徹底したものなのだ。北欧の高度民主国家という認識でいた国が民主主義の根幹を犠牲にしてまで採った政策、それには厳しい歴史の教訓があったのだ(とてもではないが、手放しに称賛はできないが)。

アメリカの政治的分断

 もう一つ傾聴するところがあるとすれば、著者の母国であり、したがって最も良く事情を知るであろうアメリカだろうか。中でも、最近ついに議事堂での暴動にまで至った、政治的分断がどのように生じたかという分析である。トランプの登場でひどくなったのは確かだが、著者によるとこの20年くらいで生じてきたものだという。
 著者は、これを政治的な譲歩をしなくなった(できなくなった)からだと見る。一見パッとしない説だが、本書で扱われているチリ(南米で最も進んだ民主主義を誇っていた国で突如としてクーデタが起き、恐怖政治に陥った)でも起きたことだ。具体的には、選挙戦に莫大な費用がかかるようになった、そのため献金の重要性が増して有力な献金者の支持を得る必要性が増した、そして献金集めのための地元での活動が増えて議員同士の交流がなくなった、国内航空の発達がその傾向に拍車をかけた、ゲリマンダリングにより中道の主張では選挙に勝てなくなった、というようなことだ。

 著者は、こうした現象はアメリカで特に顕著だと言うが、日本ではどうだろうか。政治的には、いわゆる二大政党制のようにはそもそもなっていないから、国民が宗派によって二つに分断するような状況ではない。しかし、個別論点ごとには非妥協の雰囲気が強くなっているように感じる。本書の日本の課題には挙げられていないが、軽視すべきでない問題である。


危機と人類 上/下
ジャレド・ダイアモンド 著
小川 敏子,川上 純子 訳
日本経済新聞出版

書評

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