哀しく美しい母子の物語、ではなかった『母子像』

文学,青空文庫

 著者である久生十蘭の作品を読んだのは、本書『母子像』が初めてである。「小説の魔術師」などと呼ばれていて興味があったので、まず手始めにということで、手軽に読める短編、それも世界短篇小説コンクールで第一席を獲得という本作を手に取った。サイパン陥落に関係しているらしく、『母子像』という表題からして、戦争を背景にした哀しく美しい作品かと勝手に想像した。そして、拍子抜けした。作品の罪ではないかも知れないが、題材があまりにも管理人向けでなかった。

サイパン島での自決がなくても成立する

 本作は確かに事の発端にサイパン島での自決がある。しかし、そこに(無理やり)引き付けて読むならともかく、本作自体はサイパンや戦争が無くてもまったく成立する話である。管理人流に言えば、生活の拠点であったサイパンが陥落して、生きるために足手まといになったマザコン息子を無理心中を装って殺害しようとした母。しかし、一命をとりとめた息子は母を追って東京に戻り、そこで落ちぶれた母の生態を見せつけられて絶望し、死のうとする……。
 やはり、サイパンでなくても、東京でもロンドンでもニューヨークでも成立する。戦争でなくても、ちょっとした不幸や生活苦さえあれば成立する。それでは世界短篇小説コンクールで第一席は獲れなかっただろうが。あるいは、哀れな息子の奇行を手際よく筋立てした推理小説風の巧緻さも、受賞に力与ったものだろうか。

他人に没我没入するとは

 それにしても、息子の母への思慕、を超えた崇拝のような愛情、を超えた自分のすべてを捧げるような没我没入がなければ、この作品は成立しなかっただろう。こういう感覚が管理人には分からない。いや、この本作限りの特異な関係は分からなくても仕方ないのだが、管理人は、善くも悪くもおよそ他人に入れ揚げるという感覚がそもそも分からない。
 世の中には、「ファン」というものがあるらしい。管理人は芸能人に興味はないが、イチローやオオタニサンを応援したりはする。しかし、打ってくれたら気分が良くなるが、打てなくてもそれはそれで仕方ないと思うくらいのものである。世の中には、例えば坂本龍馬のような人物を「尊敬」したりする人がいるらしい。管理人も優れた人格や卓越した能力を持った人に感服することはあるが、会ったことも話をしたこともない人物に心酔するようなことはない。

 本作のような作品がそれなりに評価されるということは、主人公の少年のようなモノの考え方、感じ方をする人間が現実にいるか、少なくとも、現実にいると思われているかなのだろう。管理人もそうだろうかとは思うものの、まったく気が知れないことである。


母子像
久生 十蘭 作


本作は、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/cards/001224/card52183.html)に入っている。

書評

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