泉鏡花渾身のゴルディアン・ノット斬り『夜行巡査』
ゴルディアン・ノットとは、アレクサンドロス大王にまつわる古代神話に出てくる難問である。「この結び目を解くことができた者こそ、アジアの王になるであろう」と予言された堅い結び目を、アレクサンドロスは剣で一刀両断にしたのである。少々乱暴なところはあるものの、目的のための合理的な手段が結び目を断ち切ることであるのなら、躊躇する必要はない。むしろ、習慣に囚われて、あるいは僅かを惜しむ気持ちから、断ち切れる結び目を一生懸命に解こうとすることは、ある意味滑稽である。
さて、小説の世界で鮮やかなゴルディアン・ノット斬りをやってのけたのは、本書の作者泉鏡花である。「夜行巡査」である八田の許嫁のお香は、育ての親である伯父の偏執的な逆恨みから、結婚を許されない。許されないどころか徹底的に妨害され、籠の鳥よろしく囲われている。八田の方はと言えば、自らの職務に偏執的なほどに熱心であるのだが、この状況を打開するために動こうともしない。
そんな三人が運命の悪戯で一堂に会したとき、不幸は最高潮に達し、さらに悲劇が見舞ったところで、作者のゴルディアン・ノット斬りが炸裂し、すべてが一発解決される……。そう思って読み返してみると少々安直な感がないわけではないし、むしろ本作の狙いは解決ではなくてさらなる悲劇だったのかとも思われないでもないのだが、管理人の感覚では作者渾身のゴルディアン・ノット斬りとしか思えなかったのだから仕方がない。
泉鏡花:夜行巡査 外科室 高野聖
泉鏡花 作
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