事実に基づいて世界を見る『FACTFULLNESS(ファクトフルネス)』

心理,社会

 情報が溢れる世の中になったが、現在の世界の状況と我々の抱いているイメージがいかに乖離しているのか、分からせてくれるのが、本書『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』だ。例えば、「低所得国に暮らす女子の何割が、初等教育を修了するでしょう?」、「世界中の1歳児の中で、予防接種を受けている子供はどのくらいいるでしょう?」といった三択問題に、我々はどれだけ正答できるだろうか。

現状認識がスタートライン

 著者の経験によれば、それなりの教育のある人々(どころか数多の専門家までもが)が、チンパンジー以下、つまり3分の1以下の成績しかとれないのだという。
 これほど現状認識ができていないと、建設的な行動もとれないではないか。例えば、世界には絶対的貧困層(1日の生活費が2ドル未満)の人が、約10%いる。この数字をどう見るかは人によりさまざまだろうが(普通に考えればかなり多い)、ともかく、50%ではないし、2%でもない。まずはそこを押さえようということだ。それが長年医療や教育の問題に取り組んできた著者からのメッセージだ。

「10の思い込み」と進歩的悲観主義

 そもそも、なぜこれほど間違うのか。著者は、人間の脳の働きに問題があるという。それが本書の中核をなす「10の思い込み」なのだが、一つ注目するとすれば、進歩に対する悲観主義だ。著者は、進歩を強調することは楽観的に過ぎるという批判をことのほか警戒している。状況が進歩していることと、それでもまだ悪いこととは矛盾するものではない、と。むしろ、これまでやってきたことを正しく評価しなければ、ただ絶望に陥ったり、本当は効果のある方法を捨て去って過激主義に走ったり、という危険がある。ただ「スタート地点」が認識できていない、という以上に重大なのだ。
 さらに言えば、この悲観主義は思い込みによって引き起こされるばかりでなく、半ば意識的ではないかと思われるフシがある。現状認識に自信が持てない場合、「世界は大丈夫だ」という方向に間違うよりも、眉間にシワを寄せながら「世界は悲惨だ」という方向に間違っておいた方が面目が立つからだ。これが昂じると、さらなる進歩へ向けて気の緩みを招かないよう、あえて現状の良い面には目をつぶるようになる。いかにも屈折した思考であるが、この種の議論ではありがちだ。とりわけ、進歩的、良心的と目される(目されたい)人々の間では。

本書はどう読まれているのか

 ところで、本書の主張は「事実に基づく」とか「思い込みを避ける」といった、ひとまず中立的なところにあるはずだが、いろいろな読み方ができてしまうし、現にされているように思う。保守層は、世界が良くなっているという事実に喝采するだろう。リベラル層は、そうした進歩こそ自分達の取組みの成果だと言うだろう。単純に、他人が知らない事実や陥りやすいバイアスを知って悦に入る人もいるだろう。
 本書は良く売れているようだが、どういう層がどういう目的で買っているのか、気になるところだ。著者の真意が額面どおりかどうかはさておくとしても、かなりのズレがありそうだ。これは、ベストセラーの宿命と言うべきか。


FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣
ハンス・ロスリング,オーラ・ロスリング,アンナ・ロスリング・ロンランド 著
上杉 周作,関 美和 訳
日経BP

書評

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