ノーベル経済学賞受賞の心理学者が書いた『ファスト&スロー』
管理人は、リアルの世界で他人に本を勧めることはしない。その本に興味がなければどうせ読まないだろうし、興味があれば要らぬお節介だからだ。実際、たまにしか本を読まない人が、たまに読んだ本に入れあげて「これは良い本だから読んでみて」などと押し貸ししてくることがあるが、そういうのは迷惑でしかない。しかし、ここはリアルの世界ではないから、どうせ読まなくても、要らぬお節介になっても、それほど迷惑にはなるまい。そこで、あえて勧めるとすれば、現時点では本書『ファスト&スロー』がナンバー・ワンだ。
「システム1」vs.「システム2」
本書では、人間のさまざまな認知上あるいは意思決定上の不合理が語られる。それを理解するためのキー概念が、人間の思考を自動的で高速だが衝動的な思考である「システム1」と、意識的で低速だがより注意深い思考である「システム2」とに分けて考える二重過程理論だ。この理論自体は、著者のオリジナルというわけではなく、人間の認知や意思決定に関する知的枠組みのスタンダートというべきものだが、本書の一貫した底流となっている。
自分自身のことを振り返っても、時に大雑把で時に緻密、という二律背反の捉えどころのない感じは誰もが持つところだが、その種明かしという感がある。中でも、自分の信念に一致しそうなデータばかり探す「確証バイアス」や、もっともらしいことを過大評価する「代表性ヒューリスティック」の罠などは、まったく他人事ではない。同じ事象でもこれを捉える枠組み(フレーミング)次第で、評価が正反対になってしまうのも怖い話である。記憶に基づく快楽や苦痛の評価がピーク時と終了時の強度だけでほとんど決まってしまうという「ピーク・エンドの法則」には、功罪がありそうだ。
ノーベル経済学賞と共同研究者
著者であるカーネマンは、2002年のノーベル経済学賞を受賞している。しかし、彼は国防軍で面接プログラムの開発に従事していたこともある心理学者で、経済学者ではなかった。しかも、ノーベル経済学賞は、主流派経済学の殿堂で、その主流派経済学は合理的経済人を仮定する経済学だったのだから、彼は二重の意味で傍流であった。業績面でのインパクトの大きさが知れようというものだ。実際、認知や意思決定に関する本を開けば、その多くがカーネマンの業績を引用している。
ところで、本書で触れられているカーネマンの業績の多くは、彼とその同僚であったトヴェルスキーとの共同研究の成果である。しかし、トヴェルスキーの方は、ノーベル賞の受賞の前に他界してしまったために、受賞者に名を連ねていない(受賞は存命中に限られる)。このあたりの事情や二人の関係については、本書の入門版も言える『ダニエル・カーネマン 心理と経済を語る』で触れられていて、泣かせるものがある。
認知の不合理は回避できるのか
唯一、残念でもあり、人間の面白さでもあると感じさせるのは、不合理さの仕組みはかなり分かってきたものの、それを回避する術は殆どないということだ。著者自身、「私自身の直感的思考は、ささやかな改善(その大半は年齢によるものだ)を除き、相変わらず自信過剰、極端な予想、計画の錯誤に陥りやすい。その度合いは、この分野の研究を始める前と、じつはさして変わらないのである。」と告白している。それでも、本書を読めば、「システム1」に圧倒されないためのヒントは多少なりとも見えてくる。
ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか 上/下
ダニエル・カーネマン 著
村井 章子 訳
早川書房
ダニエル・カーネマン 心理と経済を語る
ダニエル・カーネマン 著
山内 あゆ子 訳
楽工社









