薄気味の悪い政治ミステリー『夜の来訪者』

文学,社会

 本作『夜の来訪者』は、ジャーナリストや批評家として活動したほか、社会運動にも積極的であったプリーストリーの戯曲。社会主義的色彩が濃厚な作品である。あらすじは、娘の婚約を祝う団らん中の一家のもとを、捜査中の警部を名乗る男が訪れる(夜の来訪者)。若い女性が自殺したというのだが、次第に、この一家の皆が少しづつ女性の死に「関与」していた、ということが分かってくる。この警部とやり取りするうちに、態度を変える者、変えない者……。

事件を仕立てる連鎖のトリック

 ミステリー風の作品だから、進むにつれて薄気味悪さが漂ってくるのだが、管理人が感じた薄気味悪さは、作者が狙ったところとは正反対のものだった。作品の狙いからすれば、それは知らぬ間に犯してしまった(世間では珍しくない落ち度だが、しかし社会主義目線の正義からは悪である)死への関与、というところにあるのだろう。しかし、正直なところ、最もぞっとしたのは、それを知って不自然なくらいに後悔と反省へと駆り立てられてゆく家族の心理である。
 確かに、多少なりとも人の死に関与したのなら、心の痛みを感じるのが正常ではある。それをかたくなに認めまいとする主人は行きすぎだ。しかし、一つ一つの「関与」は不幸な本人には堪えただろうが、不幸な結果をもたらしたのは偶然の「事件の連鎖」(警部の言葉)である。本作はこの連鎖のトリックによって、ただの「関与」を警部が扱ってしかるべき犯罪レベルの事件に仕立て上げてしまった。この展開を素直に受け止められるのは、初めから社会主義に染まった聴衆に限られるだろう。今の日本で舞台にしても、一般の聴衆にはとても受けそうにない。

作品を呑み込む政治性

 管理人は、政治性が前面に出た小説や戯曲の類を好まない。そういうものは本作のように左と相場が決まっているが、左右は関係ない。政治性をこれだけ持ち込んでしまえば、作品の方向性がまったく決まってしまい、人物もプロットもすべて政治的主張に従属してしまう。管理人がもし、相当な社会主義的思想の持主なら、本作を政治的パンフレットとして高く評価するだろうが、戯曲としては依然として評価しないだろう。少し悪く言えば、一昔前の共産国のプロパガンダ芸術を思わせる。
 社会主義者から見れば、資本主義社会は大いに悪質なものだろう。管理人もその欠陥は良く承知している。しかし、そんな社会も、それほど単純ではない。工場は不当な解雇もするが、それだけのものではない。慈善協会は偏見を抱いているかも知れないが、それだけのものではない。しかし、特定の政治的視点だけで見ていれば、他の側面はすべて抜け落ちてしまう。良いところどりならぬ、悪いところどり。単純化されすぎている、だから味気ない。繰り返して言えば、左右は関係ない。右から同じような作品が作られても、同じように感じるだろう。

 ついでに言えば、最後のオチはいただけない。薄気味悪さは増したかも知れないが、やはり作者が狙ったものとは別物の、安っぽいオカルトのようになってしまった。これは政治性とは関係ないが。


夜の来訪者
プリーストリー 作
安藤 貞雄 訳
岩波書店(岩波文庫)

書評

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