気候変動のロシアン・ルーレット『チェンジング・ブルー』
本書『チェンジング・ブルー』は、気候変動について科学の立場から考察した正統派の一冊だ。帯に「第一線の研究者による、信頼ですべき正確な解説書。しかし、これは同時に、第一級の科学ノンフィクションだ」とある。帯はプロモーション用であって、本の内容を正しく表していないことが少なくないが、本書の帯に限っては当たっている。有益でかつ面白い。これは著者の筆力によるところが大きいのだろう。欧米には筆の立つ研究者が少なくないそうだが、日本では稀有ではないか。
非線形の気象システムへの「ひと押し」
気候変動と言うと、大気中の二酸化炭素濃度の上昇による地球温暖化がすぐに思い浮かぶが、それは本書のごく一部だ。本書が扱う範囲は広く、氷期と間氷期との間を揺れる数万年サイクルの気候変動から、北米やヨーロッパで「次の氷河期」が不安視されたここ数世紀の気候変動、そして二酸化炭素の排出に代表される人間活動に起因する気候変動に及んでいる。
本書で紹介されるような研究を通じて、気象システムの個々の要素に対する理解は深まってきたものの、いまだ気候変動に統一的な解釈を与えるには至っていないという。簡単な理解を許さない非線形性が常に潜んでいるため、何かの「ひと押し」(例えば人間活動)が引き金となって、気候は暴走しかねない。著者を含めた専門家が懸念するのも、その点だ。
分の悪いロシアン・ルーレット
著者は本書の「エピローグ」で、1987年のある論文中のフレーズを引用し、当時は証明できていなかった「過去100年間に人類が放出した温室効果ガスが、地球温暖化を引き起こしている」ことはほぼ確かなものになった一方で、「気候に対してロシアン・ルーレットで遊んでいること自体が問題」であることは当時も今も変わりはない、と指摘している。
管理人は、分からないことすべてに委縮する必要はない(むしろすべきではない)と思っているが、気候変動に関して言えば、不都合なことが起こりそうだと相当な程度に分かってきたということだろう。どう考えてみても、人間にとって都合の良い気候というのは範囲が狭い。ロシアン・ルーレットが当たらないとか、当たっても大したことは起こらない、ということに賭けるのは分の悪い賭けだということだ。最近では、気候変動による企業の将来の損害を「負債」として開示しようという動きがあるという。人間活動の張本人である経済界までが、賭けの方向を気にし出したということか。
「異常なほど安定な気候」はいつまで続くのか
ところで、現代は人間活動を別にすれば、「異常なほど安定な気候」のフェーズにあるのだそうだ。過去には数十メートルに及ぶ海水面の変動や、数十年間に10度もの気温変化が起こる時代もあったというが、現代では想像もつかない。その安定な気候が、(おそらくは)人間活動によって、温暖化ばかりでなく、何十年に一度の異常気象が毎年起こるというような、極端な気候となりつつあるということだ。確かに、この幸運をむざむざ手放すべきはない。
しかし、そもそも「異常なほど安定な気候」はどれほど続くのだろうか。過去のパターンから推測すれば、あと一万年くらいは続くはずだということだが、確証のある話ではない。もし振り子が異常から正常に戻ってしまえば、人間活動の影響どころではないわけで、人類ははるかに大きな危機に直面することになる。これに対する対策は何もないのだろう。そう考えると、現在の気候問題も、たまたまの幸運を失うまいと憂いているだけなのではないかと思えてきて、複雑な気分にさせられる。
チェンジング・ブルー 気候変動の謎に迫る
大河内 直彦 著
岩波書店









