進化的ミスマッチが病を引き起こす『人体600万年史』

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 人間の人間たる所以は、発達した脳による高度の精神能力にある、というのは確かにそのとおりだろう。本書『人体600万年史』も、人間を「きわめて文化的な種」と位置づけている。しかし、同時に「筋肉に対する脳の勝利という見方だけで現生人類の進化を捉えるのは不正確であり、かつ危険でもある」と指摘する。この両面について、改めて気づかせてくれるのが本書だ。脳だけでない、身体もまたさまざまな環境の要求に適応して進化してきたのだから、実は相当な能力を持っている。

進化的ミスマッチによる病

 もっとも、現代では進化の土台となっていた環境が大きく変わってしまい、身体が新しい環境に適応できないという進化的ミスマッチによる病気が蔓延している。
 例えば、人間は過去数百万年の間、繊維は豊富だが糖分は少ない食物を摂取するよう身体を適応させてきた。ところが、現代にありがちな糖分ばかりで繊維が少ない食物を摂り続けていると、高まった血糖値を下げるためのインスリンを合成している脾臓が疲弊して、2型糖尿病を招いてしまう。
 また、眼は数億年をかけて、近くから遠くまでピントを合わせることのできる複雑かつ絶妙な焦点合わせシステムを創り上げてきた。ところが、長時間にわたって本やスクリーンなど近くにある像にばかり焦点を合わせ続けていると、システムのバランスを崩して、近視を招いてしまう。

動物を超える人間の走行能力

 ところで、管理人は本書を読むまで、人間の運動能力で動物を凌駕できるのは、脳を使った身体の巧みなコントロールの類に限られるのだと思い込んでいた。例えば、ボールを投げる、ボールを蹴る、蹴りながら走る、走って跳んで着地を決める、ダンスする、などなど。しかし、実のところは単純に走ることにも人間は良く適応しており、動物に勝てることがある。短距離走ではない。長距離走、それも猛暑中のそれである。
 それを示すのが、エネルギー効率の良い二本足走行と、発汗による体温上昇の抑制が可能にした、「持久狩猟」という古代狩猟採集民の狩猟方法だ。これは、走りながら発汗により体温を下げられる人間が、それのできない大型哺乳類を猛暑の中で長時間追い、獲物の体温が限界以上に上昇して倒れたところでとどめを刺す、というものだ。この能力は現代人にも受け継がれていて、気温35度のアテネ・オリンピックのマラソンで競い合う(ちなみに、女子の金メダリストは日本の野口さんだ)といった芸当ができるのも、哺乳類の中では人類が唯一だという。

裸足のランニングvs.ウォーキング

 もっとも、この走ることへの適応も現代の「異常な快適さ」の中で、ミスマッチ病につながり得る。それに対して著者は、裸足でのランニングを提唱しており、「裸足の教授」と呼ばれているそうだ。各メディアで活動するほか、専門の本も出していて、本書でも若干のページを割いてそれに触れている。
 デスクワークばかりの管理人も、(肝心の)「裸足」や「ランニング」は無理として、ウォーキングを始めたところだ(必ずしも本書が動機ではないが)。ただし、健康診断の問診票にある「日常生活において歩行又は同等の身体活動を1日1時間以上実施している」にチェックするのが目標という、志の低いウォーカーだ。いやいや、最初はハードルは低くて構わない。


人体600万年史 科学が明かす進化・健康・疾病 上/下
ダニエル・E・リーバーマン 著
塩原 通緒 訳
早川書房

書評

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