研究と治療の長く険しい歴史『病の皇帝「がん」に挑む』

科学

 本書『病の皇帝「がん」に挑む』は、病の皇帝すなわち癌の研究と治療の歴史を追ったもの。本書の存在は出版当時から知っていたのだが、しばらくは手に取らなかった。というのは、珍しくかつ幸運なことに、管理人の家系には癌で亡くなった者は(知る限り)いないからだ。何となく、自分と関わりの薄い本は積極的にはリストに上ってこない。もっとも、癌で亡くなった知人が周囲にいないわけではない。自分も、高齢になるに従ってリスクが高まることは間違いない。

死の宣告から「切るか殺すか」へ

 癌と人間の関係は長い、というより人間が人間となる以前からの付き合いなのだろう。そしてそのほとんどの期間、ひとたび癌にかかれば(癌とは知らずに)確実に死が訪れたことだろう。癌に対して意味のある治療が可能になったのは、ほんのここ数十年のことである。そのこと自体は他の病気でも似たようなものだが、癌の場合は自然治癒がほぼ期待できず、薬草の類も効果はない。故に長らく、癌の宣告は死の宣告だった。今ではそうではなくなっているのだろうが、癌にかかったことを本人に伝えるかどうか、というのが医療を超えた、人の生き方に関わる大きな倫理問題だった。
 しかも、意味のある治療が可能になってからも、ずい分と荒っぽい治療が主流だった。単純に言えば、切るか殺すかである。いったん癌化して暴走した細胞は元には戻らない、だから癌化した部分を根こそぎ切る。切り残してしまうと再発するから、ごっそり切る。あるいは、放射線や化学物質を用いて殺す。癌細胞にとって毒であるものは正常細胞にとっても毒だから、凄まじい副作用が出る。ある意味、非常に野蛮な方法とも言えるが、最先端の治療法を除けば、現在でもこの原理は変わらない。洗練されてきているだけだ。

遺伝子研究と新治療法

 しかし、洗練ばかりでなく治療効果の向上も大変なものだ。ほんの数十年前は死の宣告だったのが、最近では、スポーツ選手がスポーツ選手として復帰できるまでになってきている。本書によれば、ここ二、三十年くらいの遺伝子を中心とした研究と、それを踏まえた治療方法の進歩が著しい。本書の後の進展であるが、光免疫療法など、侵襲性が小さく治療効果も高い方法が開発されてきている。
 これまでの研究成果によると、癌の種類により違いはあるものの、さまざまに推測されてきた癌の原因は、おおむね特定の遺伝子の変異によるものらしい。その特定の遺伝子は複数あるが、その幾つかは生まれつき既に変異した型になっている。癌に遺伝性が見られるのは、このためだ。そして、後発的に変異する原因は、放射線やウィルスのほか、ダイオキシンを初めとするいわゆる発癌性物質、それに突然変異。高齢になると癌が増えるのも、これらの変異の蓄積が増えるためだ。
 この、研究と治療の両輪は、これからも歩みを進めてほしい。治療がなければほぼ確実に死んでしまう人を助けられるというのは、これ以上のものはない、まさに人間だけの特権だ。新たな生命を生み出すことにも匹敵する、あるいはそれ以上か。ある意味、自然に刃向かうことかも知れないが、大いに刃向かってもらいたい。


病の皇帝「がん」に挑む 人類4000年の苦闘 上/下
シッダールタ・ムカジー 著
田中 文 訳
早川書房

書評

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