帝大教授にして山林王の蓄財術『私の財産告白』

経済,ノンフィクション,ハウツー

 本書『私の財産告白』は、タイトルのとおり著者が自身の蓄財術(あるいは広く財産管理術)を振り返ったものであるが、「知る人ぞ知る」珍本と言えるものだ。その理由は著者にある。この種の本を書く人といえば、成功した投資家か経営者というのが相場だろうが、本書の著者である本多清六氏は東京帝国大学教授、それも林学が専門なのだから、本来、蓄財はまったく関係ない。そういう人が、普通はあまり表に出さない自身の蓄財術について赤裸々に語ったのだから珍しい、というわけだ。

「本多式四分の一貯金法」とは

 著者は、自らが「本多式四分の一貯金法」と称する独自の方法で、「四十歳で貯金の利息が本俸以上になり、宿願――万巻の書を読み、万里の道を往く――を実行、洋行十九回、足跡を六大洲に印し、三百七十冊余の著書を公けにした」という成果を得たというのだから、蓄財実績としては相当なものである。ちなみに、退官を機に全財産を公共事業に寄附してしまったというから、財産そのものが目的だったわけではない。
 著者の「本多式四分の一貯金法」とは、通常収入の四分の一は天引きで貯金してしまう、臨時収入は全部貯金してしまう、本職以外の(しかし本職のたしになり、勉強になる)アルバイトにつとめる、それらを株式や山林の投資に回す、というそれ自体は変哲のないものだ。

方法ではない、実行だ

 これだけ聞くと、誰にでも真似できそうで、実際はそうでもなく、必ずうまく行く保証があるわけでもない(と思う)。そもそも給料が大したことなければ、四分の三で生活できるのか、四分の一で財産ができるのか、という大問題がある。臨時収入の方は、そんなものはない人の方が多いだろう。低金利で株価も長期低迷(未だにバブル時の株価の6割にしか戻っていない)なのだから、今のご時世では失敗しそうだ。
 ただ、具体的なやり方はともかくとして、長期にわたって確実に、徹底して実行することがポイントなのだろう。生活費に一定の枠をはめて、貯金に必ず一定額を回す、蓄えられた金銭は遊ばせるのではなく、殖やす方向にも使う方向にも(長続きさせるためにはここが重要か)、きちんと活用するということだ。著者の場合、月末には毎日胡麻塩ばかりで済ませたとか、アルバイトの「一日に一頁」の文章執筆を旅行や入院があっても断然やり抜いたとか、とにかく徹底している。著者自身、「要するに、方法の如何ではなく、実行の如何である」と言い切っている。

本業と蓄財のスパイラル

 管理人は以前から思っていたのだが、いわゆる知識人タイプの人には、自己の学識を金銭に変換する術に長けている人とそうでない人がいるようだ。前者は、自ら起業に関わったり、企業からうまく資金を引き出したり、一般向けの本を当てたりするような人。後者は、本業に集中して業績を重ねるが清貧のまま終わる人。どちらが良いというわけではない。ただ、前者のような経路を持っていると、その果実を本業にフィードバックさせて活用することができる。もちろん、本業については、職場での研究費なり備品なりを使えば良いわけだが、そこに100%は依存せずにいられることは、何がしかのプラスになるのではないかと思う。
 そう考えると、著者は本業と蓄財のサイクルを最高度に回すことのできた、前者の典型のような人だったわけだ。そうだとすると、やはり帝大教授という特殊な地位にいたから成功したのだと考えたくもなる。しかし、実際のところ帝大教授の圧倒的大多数は、後者のタイプだろう。著者がそうならなかったのは、まさに「実行の如何」の故である。その意味で、本書は蓄財術(あるいは蓄財の精神)として意外に広い間口を持っている、だからこそ読まれてきたのだろう。


私の財産告白
本多 清六 著
実業之日本社(実業之日本社文庫)

書評

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