「クオリティ」の禅問答哲学『禅とオートバイ修理技術』

哲学,文学

 奇書好きの管理人にとって外せないのが、本書『禅とオートバイ修理技術』だ。題名からして奇異であるが、何やら哲学やテクノロジー論と関係したものらしい。そもそも管理人が本書の存在を知ったのは、たまたま読んでいた本が何と二冊続けて本書を引用していたからだ。二冊はジャンルの異なる本で、コミュニケーション論とソフトウェア技術。何という偶然、何という珍奇さ。早速買い求めたのだが、しばらくは読む心の準備ができていなかった。

オートバイでの心の旅

 内容は、息子と共にオートバイの旅に出た著者が、道中さまざまな経験をしながら哲学上の問題を「シャトーカ」(かつてアメリカで流行した、教育と娯楽を兼ねた野外講演会のようなもの)形式で述べていくというもの。道中の出来事は微妙に哲学上の論点と交錯しているのだが、それは作品の味付けであって、力点は後者に置かれている。さながら著者の(哲学上の)心の旅といったところだ。
 本書の冒頭で「これから語ることは、実際に起こった出来事に基づいている」と断っているとおり、本書に書かれている枠組みはだいたい事実ということらしい。飛び級するほどの秀才であった著者は、学問上の迷いから落第、その後は従軍や留学などを経て大学に戻ったものの、精神異常を来たし、その治療により記憶を失ってしまう。著者の心の旅は、その記憶を辿って果たせなかった哲学上の真理へ迫ろうとする。

「クオリティ」の渦に巻かれる

 本書については、内容に関して多くは書けない。と言うより、正直なところ、何か書くほど理解した気がしない。上巻のオートバイ修理技術に代表されるテクノロジーの位置づけや、「ロマン的」vs.「古典的」の対比、といったあたりまでは、何とかついて行ける。しかし、下巻の本丸、《クオリティ》論になると、「禅」問答的なレトリックの渦(煙?)に巻かれているという印象で、半ばお手上げである。
 それでも、支離滅裂という感じはしない。著者の心の旅が真実のものであるなら、価値や認識を巡るその思考の軌跡を、管理人ごときがそう易々と理解できるわけもない。それにしても、なぜ《クオリティ》なのか。著者が《クオリティ》に捕らわれ出したのは、研究室で講義の準備をしていた時に受けた、何気ない問いかけからであった。それがそれほど重要なのか。ギリシャ語の《アレテー》と同じだとか、東洋思想の《ダルマ》や《道》とも通底するとはどういうことか。

 苦闘して読み終えて、静かに本書を置いた。しばらくは、手に取ることはないだろう。とはいえ、気になる本であることは確かだ。


禅とオートバイ修理技術 上/下
ロバート・M.パーシグ 著
五十嵐 美克 訳
早川書房(早川文庫)

書評

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