鉄道は読書の空間と時間をも生み出した『鉄道旅行の歴史』
読書は電車の中で捗る。通勤電車の中の15分ですら、なかなか貴重だ。旅行の予定でもあれば、移動時に読む本をあらかじめ仕込んでおく。さらに時間が増える飛行機はなお良しで、管理人は機内配信のビデオなど見たことがない。こういう感覚は当たり前に思えるのだが、当然、このような本の読み方はグーテンベルクから400年経って、鉄道が普及してようやく可能になったことだ。本書『鉄道旅行の歴史』は、こうしたことまで含めた、鉄道の黎明期からの歴史を追ったニッチ本である。
馬車と鉄道と読書
鉄道が普及する前の移動手段は、馬車だった。馬車は窮屈で振動もひどいから、とてもではないが、本など読めない。実際、当時の人々は、そんなことは考えもしなかっただろう。では、広く静かな車内で、当然に読書は広まったのか。本書によると、必ずしもそれだけのことではなかったらしい。馬車の場合、旅人は通り過ぎてゆく風景、つまり低速であるが故に目で追える前景と関係を保っていた。それが旅そのものなのであり、そこに読書のような異物が入り込む余地はなかった。
ところが、高速で走る鉄道の登場によって、前景は旅人の目から姿を消し、後には短時間の間に繰り広げられるパノラマ的な展望を残すだけとなった。このような「速度による外部世界の消失を補う」ために開発されたのが読書だったのである。車窓からのパノラマ的な展望に慣れた現代の我々からすれば、それもまた旅の醍醐味の一つなのだが、外界との断絶を強く感じた当時の旅人にとっては、ある意味、読書のような車内活動「一択」だったわけである。
そういう前時代的な感覚は我々には分からないが、鉄道嫌いで有名だった評論家ジョン・ラスキンによれば、「注意力が目覚めており、感情が平静な状態にあるときには、それまでに目にしていなかった道端の一軒家が、街道の曲り角にあるというだけで、われわれには十分な気分転換になるのである。早く動いていて、しかも一度に二軒の家を『受け入れ』ねばならぬということは、それだけでもう度が過ぎる。……つまり旅は、速度と正確に比例してばかばかしいものとなる。」ということだ。これに対して著者は、「技術の歩みに適応する見方を培うことのできぬこの無能ぶりは、……十九世紀のさまざまな人物に広く行きわたっている。」と意外に手厳しい。
初期の鉄道の技術・空間・時間
本書の肝は、鉄道による工業化や、それに伴う人々の空間認識・時間認識の変化といったことにあるのだが、特に興味深いのは初期のあれこれである。
技術の例。ごく初期の鉄道は、歯付のレール上に歯車状の動輪を噛み合わせていた。それは、鉄道はそれまでの道路輸送や運河輸送と異なり、交通路と交通機関が密接に結合された「一機関」であることの象徴であった。そしてまた、鉄道技師たちが、滑らかな鉄の車輪は滑らかな鉄のレールの上では手掛かりがなくて空転するに違いないという「空想上の難問」に囚われていたせいでもある。なるほど、現代のレールを見ても表面はツルツルで、そう考えたくなるのも分からないではないが。
空間の例。鉄道路線は一直線であるのが最も効率が良い。そのためには不規則な地形を土木工事で突破しなければならない。イギリスでは、労働力が安く、地代が高いという条件も重なった。そこで、水平方向ばかりでなく、垂直方向までも一直線で押し通すために、切通し、鉄道堤、トンネル、高架橋で地形を裁断していった。切通しでは、「目路の限り、奈落の底のように深い堀が、大地をえぐって続いている。……ここでは、反響音が特にひどく、この区間をゆく間は、外の世界から完全に締め出されてしまったような感じがする。」だったという。現代では想像できない感覚だ。
時間の例。鉄道網が整備される以前は、人々の生活も鉄道の運行も各地の地方時間によっていた。しかし、鉄道が各地を結ぶようになると、それでは支障が出る。次第に共通時に集約されていき、一大鉄道網が形成されるに及んでグリニッジ標準時がそれに取って代わった。鉄道と標準時は、切っても切れない関係にあるのだ。日本の場合は標準時の導入は早かったが、例えば東京-大阪間の経度差は5度強、20分強の時差に相当する。当時の遅い列車でも、標準時なしには混乱は避けられないだろう。
鉄道旅行の歴史 19世紀における空間と時間の工業化
ヴォルフガング・シヴェルブシュ 著
加藤 二郎 訳
法政大学出版局









