『政治学入門』という名の現代の『君主論』
本書『政治学入門』は、わずか100頁ほどの小著であるが中身は濃い。「政治学」とあるが政治そのものについての本であり、「入門」とあるが教科書的な入門書ではなく著者の信念がこもっている。「政治」の本質に遡って基本的な視座を示してくれる、さらに言えば、多くの人が口ごもって言わないようなことをハッキリと言明するという、「綺麗事」から距離を置いた本だ。現代の『君主論』と言ったら言い過ぎか。ともかく、サワリの部分を見ていこう。
この「絶対的な真、善、美」というのはいかにも美しく見えるが、以前にレビューしたハイエクの『隷従への道』にあった「馬車馬的な理想家たちの絶対的で無責任な主張」に通ずるところがある。そうしたものは個人の心の内にはあっても構わないが、それが表に出るとしばしば、他人を隷従させようとする悪魔に変化してしまう。この取り違えが招いた悲劇は、歴史に山と積まれている。
国内に警察力が必要であることを否定する人はいないだろう。凶悪犯やテロリストに向かって「話し合えば分かる」と言って済ます人はいないだろう。ところが国内より遥かに物騒な国際関係で、防衛力まで否定するかの言説があるのは不思議である。管理人は戦争や軍隊の類は大嫌いだから、外交努力を尽くすべきであるといった言説には大いに賛成であるが、それでプランBが必要なくなるわけではなかろう。
これは直接的には共産主義を指しているが、「階級」の代わりに何を入れても妥当するのだろう。常に存在して決して消えることのないのは、支配側と被支配側の関係だけであろう。しかし、ただの対立関係ではなく、被支配側の利益(公共の利益)が幾ばくか考慮されることが支配側の権威のよりどころとなる社会を着実に前進させていくことが、パッとしないが最善なのだろう。
これは政治における人間の非合理性、特に群衆において極度に達する非合理性を言った個所で、政治はこれを前提に(あるいは利用して)行うものでる、と続くところである。しかし現実は、群衆はおろか支配者もその中間にあるメディアも上記のような議論ばかりなのだから、話にならない。いくら何でも単細胞過ぎではないか。本当に危うくて、背筋が寒くなる話である。
とここまで、本書の前半に出てくる話である。後半に入ると少々話が難しくなってきて、これほどのキレはなくなってくるのだが、ともかく読んでおいて損はない本だ。「政治学」というタイトルは少し損をしている。普通に政治を考える一般人が読んでおいてよい。
政治学入門
矢部 貞治 著
講談社(講談社学術文庫)
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