海の中の第二の知性体『イカの心を探る』

科学

 動物の中で知性が高いのは、人間も属する霊長類、これを広げると哺乳類、さらに広げると脊椎動物となるが、まるでかけ離れたところに第二の知性体がいる。それが、イカだ。無脊椎動物(他は昆虫やミミズなど)の中、軟体動物門の頭足類に属している。棲んでいる環境も海の中であり、人間その他の哺乳類とは大きく異なる。
 イカと聞くと、そもそも脳があるのかどうか、というのが素人の反応だが(本書にそう書いてある、そして管理人の反応も同じだった)、実は、イカの体重あたりの脳サイズは、無脊椎動物はおろか、脊椎動物の中でも同じ海の生物である魚類を超え、哺乳類に迫るレベルに位置している。本書『
イカの心を探る』は、長年イカ研究に携わってきた著者がその知性を探っていくものだ。

驚くべきイカの知性

 イカの知性には、いくつかの特徴がある。
 その一は、イカは一定の社会性を持っていること。求愛や威嚇といった場面での対個体のやり取りだけでなく、群れを形成してその中で順位をつくったり、ある種のソーシャルネットワークを形成したり、というものであるらしい。もっとも、研究はこれからということで、チンパンジーなどに見られる人間はだしの社会性があるのかどうかは未知数ということだ。
 その二は、イカの脳の相当部分は、視覚を処理するためにあるらしいこと。脳ばかりでない、イカの目は脊椎動物と同様のレンズ眼である。しかも、その視力は0.6を誇るものがあるという。人間もまた、視覚に頼る動物だ。しかし両者は数億年前に進化の袂を分かっているのだから、別々に進化したのだとすれば、その類似に驚かざるを得ない。
 その三は、イカの知性のレベル。はっきりしないが、イカの知性は自己認識できる(鏡に映った自己を認識できる)ほどのレベルに達しているらしい。自己認識できる動物というのは、類人猿のほかは、ゾウやイルカくらい。人間のコンパニオンと言われるイヌですら、できない。もっとも、2018年に何と
魚類のホンソメワケベラも自己認識テストにパスしたというから、話は複雑だ。
 その四は、その「効率」である。イカの寿命は1年くらい、しかも孵化後1か月も経てば自己認識らしき行動を示し始める。これに対して人間は、生後1年くらい経たないと自己認識能力は示さない。イカの場合、何かの経験によるわけではなく、遺伝プログラムに従って高速かつ大量に知性が生み出されるのだ。
 こうして見ていくと、イカがいかに特異で、魅力ある生物であるかが分かる。著者がイカに惹きつけられたのも、うなづける。

飼育不可能な最期の海洋生物

 もう一点、知性とは関係ないのだが、イカは「飼育不可能な最期の海洋生物」と言われたほど飼育が難しいのだそうだ。どうやら狭い空間で少しでも水質が悪くなると体にさわるらしい。1970年代半ばに濾過システムの開発により最初の長期飼育に成功したのは日本人、その後の飼育研究ではプールまがいの大水槽も用いられたという。
 それでも、こうした研究の成果なのだろう、近年では水族館の普通サイズの水槽でイカが飼育されているのを見ることができる。管理人が初めて見たのは、
鹿児島の水族館でのこと。数匹のアオリイカが、水槽の中で並んでホバリングしていた。これを見た時に管理人は直観した。天使はイカをモチーフにしたものに違いない、と。言うまでもなく、ヒレが翼である。

【もう一冊】タコの知性

 なお、イカと同じ頭足類にはタコも属している。そして、タコもまた、イカと同様の知性体であって、本書にもしばしば登場する。『タコの心身問題』は、本書のように研究者がタコの知性に迫ったものだ。こちらの方は、実験室や水槽での話ではなく、著者自らがダイビングで海中に潜り、自然のタコの生態を観察した話が中心となっている。


イカの心を探る 知の世界に生きる海の霊長類
池田 譲 著
NHK出版(NHKブックス)


タコの心身問題 頭足類から考える意識の起源
ピーター・ゴドフリー・スミス 著
夏目 大 訳
みすず書房

書評

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