『実践 行動経済学』で何をどう「ナッジ」すべきか

心理,経済

 経済行動を心理学的手法を用いて研究するのが、行動経済学。本書『実践 行動経済学』は、この分野の権威であるリチャード・セイラー(ノーベル経済学賞受賞)と、法制度の専門家であるキャス・サンスティーンによる、行動経済学とその応用についての一般向け概説書である。

結果の実現vs.自由の尊重

 経済学が社会的実践となる場合、一国の経済制度を形作る場面から、より穏やかな場面まで、法律による強制という方法を採るのが普通だ。税制も然り、経済的規制も然り、社会給付も然りである。ただ、それらは社会の(そして個人の)利益に適うという建前ではあるものの、個人の選択や意思決定の自由を制限するという痛みを伴う。経済的自由を貴ぶ「リバタリアン」は、ことのほかこれを嫌う。
 本書で強調されているのは、主にパターナリズムが介入し得る領域で、人の行動を直接に規制するのではなく、その自由を尊重しながらも、そっと肘で押す(これが「ナッジ」の元の意味)ように働きかけるやり方だ。例えば、カフェテリアで食品を置く順番を変える、選択のデフォルトをお勧めのものに変える、住民の心に訴えるマークのデザインを工夫する。こうした方法で、社会や個人にとって望ましい結果の実現と、個人の自由の尊重の両立を図ろうというわけだ。
 このように説明されると、「ナッジ」による行動への働きかけは、大変に素晴らしいもののように見える。しかし、理屈や個人的な実践までは良いとして、社会政策的な実践となると、「ちょっと待てよ」という気もする。「ナッジ」できる場面、「ナッジ」できる対象はいろいろあるが、常に結果の実現と自由の尊重の両立が図られるわけではないからだ。

適切な判断を「ナッジ」する

 本書で挙げられている例のうち、額面どおりの効果が見込まれるものとして、自動車の燃費基準の達成のためのステッカーによる情報開示がある。燃費情報が分かりやすく表示されるだけで、「燃費向上」に対する直接的な誘導すらない。それでも、購入者に燃費に注意を向けさせ、さらには情報提供によって比較検討を容易にすることで、結果として低燃費の車が選択されやすくなることが期待される。結果は変わるが、自由は損なわれない。むしろ、情報に基づいた検討や判断が促進される。
 本書には出てこないが、肉を販売する際に「赤身75%」という表示(ポジティブな面に着目させる)をするなら「脂身25%」の表示(ネガティブな面着目させる)も併記せよ、という類の表示規制にも、同様の意味がある。両方表示させるのだからどちらにも誘導していない。しかし、一方的なフレーミングによる認知バイアスを避ける助けとなっている。これらの場合、結果の実現と個人の自由とは、そもそも衝突していない。むしろ自由をより良く行使する助けになっている。

望ましい結果を「ナッジ」する

 問題がありそうなのは、選択のデフォルトを変える場合だ。例えば、臓器移植の制度で、臓器の提供をしないことをデフォルトにすると同意率は(かなり)低くなる。逆に、提供する方をデフォルトにすると同意率は(かなり)上がる。この例では、結果の「望ましさ」に目を奪われてしまうが、自由の方は見掛け以上に損なわれている。自動車や肉の例とは異なり、結果と自由はあくまでトレードオフ、その配分が変わったにすぎないのだ。
 そもそも、デフォルトを変えるだけでこれだけの効果が上がるのは、デフォルトが慎重に考えて判断することをスキップさせるからだ。少し悪く言えば、このタイプの「ナッジ」は、本人が重要な判断をしないこと、判断の必要すら十分に認識していないことを逆用している面がある。下手をすれば、気づかないままに行動変容させられるのだから、状況によっては強制より危険な面がある。不適切なデフォルト設定(当局は善意の失政を犯しがちだ)や、悪用(経済制度には利権がつきものだ)についてはなおさらだ。
 本書でも、デフォルトの変更は「政治的に受け入れられやすいとはいいがたい」ということで、命令的選択という方法が紹介されている。これは、臓器提供のケースで言えば、運転免許の更新時に、臓器を提供するかしないか、どちらかの欄にマークしないと申請を受け付けない、というような形で選択を義務づけるものである。デフォルトの変更よりは傷が小さいのは確かだ。しかし、運転免許の更新は、臓器提供の判断をするのに相応しい機会だろうか。判断に必要な情報は、十分に与えられるのだろうか。命令的選択というのは結局、熟慮を欠いた選択を強制することではないか。

 「ナッジ」の中には、デフォルト変更のようなものも少なくないから、手放しで称賛するのは抵抗を感じてしまう。特に日本では、「任意のような顔をした強制」がはびこっている。特攻志願、行政指導、忖度、そして新型コロナでの自粛要請。より洗練された、人を体よく操る新たなツールになりはしないか。だから警戒してしまうのだ。


実践 行動経済学 健康、富、幸福への聡明な選択
リチャード・セイラー,キャス・サンスティーン 著
遠藤 真美 訳
日経BP社

書評

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