現代の労働者管理の元祖か『奴隷のしつけ方』
本書のタイトルは『奴隷のしつけ方』という奇妙なものだが、もちろん、そのような内容のマニュアル本ではない。本書は、古代ローマの架空の貴族(マルクス・シドニウス・ファルクス)が奴隷管理法を語り、実際の著者(ジェリー・トナー)がその監修と解説を担当する、という設定で、古代ローマの奴隷と社会生活の実相を描いた歴史書である。つまり、当時のさまざまな文献から奴隷に関するものを収集・整理し、古代人の口から語らせたという趣向である。
古代ローマ社会の労働力
アメリカや南米プランテーションの奴隷は、文字どおりの悲惨な境遇にあったが、古代ローマの奴隷は、主人次第であったにせよ、少し違っていたようだ。確かに、売買の対象ではあったが、人間性まで否定はされていなかった。それなりの余暇や娯楽があったり、将来的に解放される可能性があったりと、ある程度の自由は認められていた。下層の階級、あるいは半市民といったところ。特定の主人に仕えるからモノ扱いのようになるのだが、実際には全人口の2割近くもいた貴重な労働力で、古代ローマの社会生活を支えていた。
基本的に、彼らは、それなりの対価で買われてきた(投資された)労働力なのだ。必ずしも卑しい仕事ばかりではない。領地の管理を一手に担う農場管理人などは、いわば雇われ番頭のようなものだ。都市の家内奴隷は、ともかく主人と生活を共にするわけで、しかも単なる給仕や世話係ばかりでなく、子供の家庭教師にもなった。そればかりか、学者や俳優など、奴隷として囚われる前に生業としていた専門職に従事する者もいた。そうした者の中には、簡単には買えないくらいに高価な者、また、自らの稼ぎで自由を買い戻した者もいたという。
現代日本社会の労働力
ずいぶんと昔の話になるが、平成バブルがはじける前後、日本の労働者はエコノミック・アニマルと揶揄された型を残していた。管理人も毎日、終電で帰るような状態。朝から働いて、夜になると晩飯のために外に出る。ラーメン屋に入ると、テレビで「刑務所潜入24時間」的な番組が流れている。人権に配慮してやってますよという宣伝半分だろうから、厳しくはあるが悪くない生活のようにも見える。その時思ったのが、「あっちの方がマシなのでは?」ということだ。こちらは普通の会社員であるし、何かの自由が制限されていたわけではないのだから、比べるのもおかしな話だが、実際のところ、日々の激務を考えれば刑務所の方がラクだったことは間違いない。
その時以来、こういう「ただの労働」ではない労働のあり方は何も現代日本に限ったものではない、歴史上かなり昔からあったはずだと思っていた。その後、古代ローマの奴隷が「ただの奴隷」ではなかったらしいことを知り、両者の類似点が気になり出した。そして、何かローマ奴隷に関する概説書がないかと思っていたところ、出会ったのが本書である。本書を読んでみたところ、確かに、似たところはある(実際、そういう見解もあるようだ)。主人に仕えすべてを主人に捧げる奴隷と、滅私奉公する会社員。
しかし、当然のことながら、違いも大きい。奴隷には拷問のような厳しい刑罰があることは別としても、我々はいざとなれば「主人」と決別することはできるからだ。当時と比べれば、日本の労働環境も多少は変わってきたようである。良くも悪くも、ではあるが。
奴隷のしつけ方
ジェリー・トナー 著
橘 明美 訳
太田出版









